封印の黒い蓋
投稿者:せいぎ (10)
昔、私がとある町の役場に勤めていた頃の話です。
私は土木系の部署に配属され、道路の点検などをするのが仕事だったのですが、その一環として、マンホールの中に入ることがよくありました。
一度でもそのなかに入ったことがある人であればわかる感覚かと思うのですが、丸い鉄の蓋ひとつ隔てただけで、地下はまるで別世界のようです。
といっても、マンホールの中は暗いので、懐中電灯で照らした部分しか見えないので、全容を把握することは出来ないのですが。
そしてある時私は、その地底に繋がる穴の中で、身の毛もよだつ恐ろしい体験をしたのです。
その日は、同じ部署のベテラン職員が、私が点検しにいくはずだったマンホールに入りたくないと、突如騒ぎ出すところから始まりました。
入りたくない理由も明かさないので、仕方なく私が代打で潜ることになったのですが、確かにそのマンホールは通常より深く、心理的にも圧迫感のようなものを感じるのは事実でした。
しかし、さりとて恐ろしいこともない、点検も終わったので上に上がろうと思った途端、私は突如、ものすごい力で作業服を下から引っ張られたのです。
こんな場所で何事か!?と心臓が飛び出そうになり、パニック状態ではしごを上ったのですが、下からはずっと、獰猛な犬の鳴き声が鳴り響き続けていました。
汗だくになって這い上がった私が、今起きたことを話しても、マンホールの底に犬なんているわけがないと、からかわれるばかりでした。
それ以来、私はマンホールに潜ることも、いや、そもそもあの黒くて丸い蓋を見ることすらも怖くなってしまい、別の部署に異動願を出すことになりました。
私を地の底に引きずり込もうとしたあの犬の正体は未だにわかりませんが、私にとってマンホールは、何か得体の知れない恐ろしいものを、地下に封じ込めておくための封印か何かなのではないかと思えてならなくなりました。
マンホールは、井戸の次に怖い場所です。何処につながっているかわからないし、一旦、誤って落ちてしまったら、もう二度と戻れないような気がします。ゾクリ。