トレインしてよかった

俺は疑問をこぼすが、Aは未だツボに入っていたのか笑っていた。

そして、俺達が降りる駅ではないが、各駅停車なので次の駅に停車するため車両がスピードを落とす。

その時、隣の車両から悲鳴のような声が聞こえた気がした。

俺とAは一瞬だけ顔を見合わせた。

電車が止まり、扉が空くと同時に、言い争いの如く数人の怒声と悲鳴がホームに響く。

興味本位で車両から顔を覗かせば、集団に取り押さえられたあの男の姿があった。

男の片手には小型のハンマーが握られていて、被害者と思われる男性が他の乗客に支えられてホームの椅子に座らされている。

男のただならぬ絶叫が俺の鼓膜を破く勢いだった。

すぐに何名かの駅員が駆け寄り、乗客に代わり男を取り押さえる。
駅員が「暴れるな！」と怒鳴りつけると、男は、

「あいつは踊ってくれた！」

と俺を指差したように思え、内心ドキッとした。

だが、すぐに扉が閉まり、電車は動き出す。

俺は唖然としたまま離れて小さくなっていくホームをいつまでも目で追っていた。

「……踊っといてよかったな」

覇気のない小声でAが声を溢したのを俺は聞き逃さなかった。

本当に踊って良かったと今でも心底思う。