放浪する落とし穴
もう30年近く前のことである。
わたしは小学6年生の春より、岐阜県の地方都市から西濃の某田舎へ引っ越した。頭に「ド」がつくほどの、都会住みの読者が〈田舎〉と聞いて真っ先に思い浮かべそうな鄙びた集落であった。
表向きは父方の祖母の独り暮らしを支援するという形だったけれども、本当の理由は別にあったのだといまならわかる。が、それは本筋には無関係なのでここでは触れない。
わたしは転校先の学校になじめず、放課後はひとりでいることが多かった。友人らしき代物はいるにはいたが、一般的な意味での友だちでは決してなかった。
なぜかといえば、彼らと相いれない決定的な確執があったのだ。連中は転校前の――わたしにとって魂のふるさとである――学校名を悪意を込めて揶揄し、執拗にからかってきた。それだけでは飽き足らず、当時大流行していたポケモンを目の敵にしており、それに没頭していたわたしをダサいだのなんだの、さんざんにこき下ろしたのである。
わたしは思慮に欠けたかっぺ連とつるむ気もせず、放課後は自宅を根城にぶらついていることが多かった。和菓子を製造していた廃工場、裏山の登山口へと続く薄暗い林道、川を隔てた対岸に密集した住宅地の迷路、どこへ続いているのかわからない川沿いのへつり道――。
友人のほぼいないわたしにとって幸いなことに、田舎は遊び場の宝庫であった。
お気に入りはなんといっても和菓子の廃工場であった。川べりに沿うように細長く建屋が続くいびつな形をしていて、その全長は数百メートル以上にも及んでいた。内部は製造ラインや事務室などが複雑に入り組んでいて、若干勾配がついていることと相まって地下深くへ続くダンジョンのような趣があった。
自然豊かな田舎の風景に、錆の浮いた武骨な建物という取り合わせは異様というほかなかった。放置された無人の廃墟から醸される妖しさに、孤独だったわたしは親近感のようなものを抱いていたのだろう。
* * *
班決めやら集団行動やらで非常な苦痛を味わった修学旅行が終わったあとだったと記憶しているので、6月中旬ごろだろうか。
わたしだけの秘密基地に、風変わりな連中が突如引っ越してきた。本当に文字通り、彼らはどこからともなくやってきて、廃工場に住み着いてしまったのである。
梅雨時の晴れ間、いつものように廃工場へ侵入するため蛇腹式の扉を飛び越そうとすると、なぜだか門扉が開いている。扉を施錠していた南京錠は何者かに破壊されたらしく、鍵の部分がねじ切られた状態で落ちていた。
入り口の奥には平ボディの4トントラックが停まっていて、荷台には冷蔵庫やベッドなどの家財道具が山のように積まれていた。それらはワイヤで申しわけ程度に固定されてはいるものの、どう考えても過積載であった。
トラック=産業用と短絡的に連想したわたしは、すわ工場の所有者が連日にわたる不法侵入者を捕まえにきたのだと焦った。とっさに支柱の陰に隠れ、トラックから見えない死角に潜り込む。
しばらく様子をうかがっていたものの、誰も降りてくる気配がない。おそるおそる一歩踏み出し、門扉のラインを越えて敷地内に侵入する。すると幽かに奥の建物から人の声が聞こえてくるではないか。できる限り足音を立てず、じりじりとそちらへ近づいていく。
声は事務所のほうから聞こえてくるようだ。ひび割れた窓の向こうには、壊れかけのオフィスチェアに座っておにぎりやサンドウィッチにパクついて談笑する複数の人間が見え隠れしている。
人数は5人。全員男で、年齢はどれだけ高く見積もっても高校生くらいにしか見えない。誰もが判を押したようにツナギのような作業服を着ており、オシャレさを排した実用一点張りのかっこうであった。メガネをかけている者、髪を伸ばしている者など見た目はそれぞれ異なっているが、廃墟に不法侵入して騒ぐヤンキーのようには見えなかった。
窓越しに以上のような情報の洪水を浴びせられ、思わず「あっ」と声が出た。
いっせいに5人がこちらを見る。先ほどまで浮かんでいた笑みは鳴りを潜め、まったくの無表情へと瞬時に移り変わった。お互い数秒ほどそのまま硬直したあと、だしぬけにそのうちの1人が顔中しわくちゃにして破顔した。
「坊主どないした。こっちで一緒に飯食おうや」
これがカズたちとの邂逅であった。
* * *
その日からわたしは〈ディアスポラ〉の準レギュラーになった(この名称は5人のチーム名であり、彼らにとって非常に大切な名前であるらしかった)。
いつ行っても5人のうち誰かしらが工場内にいて、なんらかの仕事に従事していた。清掃であったり、料理であったり、洗濯であったりと、やっていることは普通の家庭と変わらない。
電気もガスも水道も通っていないのに、彼らはまるで魔法のように家電を使いこなしていた。ガスはカセットコンロでまかない、電気はヤンマーのディーゼル発電機から得ているようだった。水はすぐそばを流れる清流から直接汲んで貯めておく。水汲みはわたしも何度か手伝った記憶がある。
タンスやベッド、ソファといった生活家具は一通り揃っており、事務所にまとめて置いてあった。それがデッドスペースを作ることなくパズルのように組み合わされていて、彼らがこの手の移住に手慣れていることを暗示していた。
〈ディアスポラ〉の生活は徹頭徹尾システマティックに運営されており、いっさいの無駄がなかった。各々がするべきことを万事心得ていて、歯車が嚙み合うように連携をとりあっていた。役割は適宜置換可能で、どのロールにおいても全員が文句なしのスペシャリストであった。〈ディアスポラ〉は5人のチームというより、さながら1個の機械装置に近かった(ときおりわたしが仕事を手伝っても、むしろ邪魔になっている感すらあったことからも、それがうかがえよう)。
























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