ー 鏡の外側の僕 ー
僕にはもう一人、「僕」が居る。きっと貴方は信じてくれないだろう。まぁ、一種のおとぎ話だと思って読んでくれるとありがたい。
あれは、僕が物心ついた頃から居た。いつも鏡の内側にいて、僕の事を見ていた。たまに話し掛けると、僕の話を熱心に聞いてくれた。
僕はそれが普通だと思っていた。だって、鏡の中の僕も大事な家族だったから。普通じゃないと気付いたのは、小学校の二泊三日の修学旅行だ。修学旅行の前日には、「友達と遊ぶから話せない」と予め話していたのだが、僕は寝る前に一度鏡の中の僕へ「おやすみ」と声を掛けた。その時、一緒に居た友達に「お前、誰に向かって話しかけてんの?」と言われ、僕は初めておかしいと気付いた。
それから僕はクラスで異常者扱いされる様になった。前まで仲良くしていた友達も、誰も僕に近づかなくなった。日によっては、机の中に悪口の書かれた紙が入っていたり下駄箱にゴミが詰め込まれている事もあった。
僕はクラスで虐められる度、鏡の中の僕へ愚痴を溢した。あんな事があった、こんな悪口を言われた、そんな事を言っていると、鏡の中の僕は「それは辛かっただろう。大丈夫。僕は味方だ。」と慰めてくれた。
ある日。
また僕が愚痴を溢していると、鏡の中の僕がこう言った。「そんなに辛いなら、誠(僕の名前)もこっちにおいでよ。それで代わりに僕が鏡から出て、誠の振りをするから」と。
確かにそれは名案だった。
僕が鏡の中に入れば、もう誰も僕を虐められなくなる。それに鏡の中の僕が本物になりすましてくれるから行方不明という事にもならない。だけど僕は、その案には乗らなかった。何故なら、僕には両親がいる。鏡の中へ入ってしまえば両親と話す事は出来なくなるだろう。僕はそれが嫌だった。
…そのはずだった。
その日も、いつも通り家で鏡の中の僕と話していた。何でもない、くだらない話。僕が話すと、鏡の中の僕が相槌を打つ。僕が話し終わると今度は鏡の中の僕が話し始めて、僕が相槌を打つ。そんな会話を、母さんは見ていた。僕が一頻り話し終わると、母さんが「誰と話してるの?」と言った。僕は「鏡の中の僕だよ」って答えた。「鏡の中の誠?」って母さんが不思議そうにする。「うん。鏡の中の僕。いつも面白い話をしてくれるんだよ」「…そう」母さんは少し暗い顔をして父さんの方へ戻っていった。
夜。
喉が渇いて目が覚めてしまい、僕は自分の部屋を出た。薄暗い廊下に出ると、リビングの部屋の灯りが扉の磨硝子越しに伸びており、話し声が聞こえた。まだ両親は起きているのか。僕は扉の向こうから聞こえる声に耳を傾けた。「…だから、ちゃんと病院に連れていった方がいいんじゃないかしら」「落ち着け。病院に行った方が……」
病院?僕が?僕はただ鏡の中の僕と喋っているだけなのに?父さん、母さんなら信じてくれると思ったのに。父さんも母さんも僕を異常者扱いした。
部屋に戻って姿見の中の僕に話し掛けた。もう喉が渇いていた事なんて覚えていなかった。「さっき、父さんと母さんが…」僕が涙ぐみながら、ぽつりぽつりと話す。「うん。うん。それは父さんと母さんが異常なんだ。誠は何もおかしくないよ」「…そっか…そうだよね。おかしいのは僕じゃなくて皆んなだよね。」「そうだ。なぁ、誠。」
「僕と入れ替わらない?」
その時、僕には居場所がなかった。味方は鏡の中の僕しか居なかった。
だから。
「いいよ。僕もそうしたい。」
そう言った瞬間、僕の意識は途切れた。
…どれだけ時が経っただろう。目を覚ますと僕は真っ暗闇に包まれ、黒く澱んだ場所に居た。そこには姿見が一つあった。僕は姿見を覗いた。
その向こう側で、偽物の僕が笑っていた。
それから僕はずっと鏡の中に閉じ込められている。
本物の僕は、消えてしまった。
でも、これで、やっと楽になれたのだ。
ー 鏡の内側の僕 ー
「今日はね、友達と公園で遊んだんだ!」
誠はいつも、僕に話し掛けてくる。毎日、毎日、毎日、毎日、楽しそうに。


























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