合わせ鏡のカーブミラー

俺の自宅アパートの近くには、少し変わった交差点がある。

俺はいまある田舎町に住んでる。生活道路とでも言えばいいのか、車がやっとすれ違えるくらいの細い道なんだが、朝や夕方は町にあるでかい工場で働いてる人たちの通勤で交通量がかなり多い。信号機は赤や黄色のランプがずっと点滅してるタイプのやつだ。

だが、変わった点というのは別にその信号機の話じゃない。

交差点の近くにあるカーブミラーが何かおかしいんだ。ふつう、カーブミラーっていうのは車が右や左に曲がるときに向こうから来る車を確認するためのものだ。つまり交差点にあって、車から見えないと意味がない。

でも、あのカーブミラーはおかしい。まず場所が変だ。それは交差点ではなく、その近くの道路に面したアパートの駐車場の端についている。正直、ちょっと車を前に出せば駐車場に面した道路に車が走っているかどうか、ミラーなんてなくてもよく見えるような角度になってる。じゃあ、いったいあれは何のためにあるんだ。

ついでに言うと、あれは運転席からはなにが映っているのかよく見えない。なぜか。それはミラーが二枚、信じられないくらい近くに設置されているからだ。
アパートの駐車場の端にゴミ捨て場がある。で、そのゴミ捨て場のところにミラーがあるんだが、なぜかミラーが二枚そこに設置されているんだ。ちょっと斜めというか、完全に相対しているわけじゃないんだが、向かい合わせになっている。つまり、合わせ鏡だ。

俺が撮ってきた写真を見てほしい。合わせ鏡になっているのがわかるはずだ。
（※運営様へ、可能であればここに写真を貼りたい。先程問い合わせたので方法をご教示いただきたい。）

（※編集部注：投稿者様に添付いただいた画像を一部修正し掲載しています）

ちなみに、関係があるのかはわからないが、写真の奥側はアパートに隣接する小さなテナントビルの敷地なんだが、そこには意味深な盛り塩がしてある。ときどきデロデロに溶けているのが気持ち悪い。

気味が悪いのは、二枚のミラーは合わせ鏡になるようにわざわざ角度を調節してあるような感じがすることだ。どうしてそんなことがわかるのか。二枚とも明らかに、右左折するのに運転席から見て便利って角度じゃないからだ。何であんなものがあるのか。このあたりに住むようになって五年以上経つけれども、さっぱりわからない。それに近所の人たちに訊いてみても、転勤族が多いからかそもそも存在さえ知らなくて、「言われてみれば…」とか「何でだろうねえ…」という反応ばかりで、ちっとも疑問は解決しない。

ところで、このへんは飲みに行くときには自分の車で行って、帰りは運転代行を呼ぶのがふつうだ。でも、俺は代行の金でもう一杯飲めるから近場の飲み屋に徒歩で行くことが多い。つまり、行き帰りそのミラーがある交差点を歩いて通るわけだ。

前置きが長くなってしまったが、これから話すのは、最近その交差点で見てしまったものの話だ。正直、気味が悪くて引っ越しも真剣に考え始めている。

その夜も、仕事が終わった俺は、自分のアパートの駐車場にオンボロの軽自動車を停めて飲みに行くことにした。最初に話したように俺のアパートや例の交差点がある細い道路は、朝や夕方にはそれなりの交通量だが、俺は車で一時間とか一時間半くらいかかるところに毎日通勤している。だから、帰ってくるのはもう夜中だ。

そんな時間にあの道路にいるのは夜中まで働くシフトで工場帰りのチャリ通勤の兄ちゃんたち（なぜかたいてい中国人っぽい）と、それこそ代行の車ぐらいだ（こっちは狭い道なのに猛スピードで飛ばすから歩いていると結構怖い）。

けれどもその夜は、それすらいなくて、静まり返っていた。

冷たい、嫌な感じの風が吹いたから、雨でも降るのかな、車に傘を取りに戻ろうかな、と一瞬考えたのを覚えている。まあ、でも、もう何百メートルか歩いちゃったし、面倒くさいからそのまま行くことにした。降ったら降ったでコンビニで傘でも買えばいい。

そんなことを考えてたら、例の交差点に近づいてきた。

点滅信号の黄色い光がずっとチカチカしている。ろくに街灯も点いていないような暗い道だから、一つだけある自動販売機から出る白々とした光と信号機の黄色のチカチカがとても目立つ。怖いというほどでもないが、何だか不思議な光景だ。

そして、その手前には例のアパートがある。問題のミラーは手前側だ。その日は、どういうわけかわからないが、あの合わせ鏡のミラーがやけに気になった。実はさっき見せた写真はまさにそのときにスマホのカメラで撮ったものだ。心霊写真だなんて出来すぎたものにはなっていないと思うが。

俺がやばい目に遭ったのはその後だった。

立ち止まってその合わせ鏡に見入っていると、鏡の中でなにかが動いている。もちろん、だれかが来ただけだと思った。こんな夜中に、自分が住んでいるわけでもないアパートの駐車場でカーブミラーを見たり、写真を撮っているなんて、俺が不審者扱いされてもおかしくない。俺はスマホをしまって、後ろを振り返った。近づいてくるのは人間じゃなかった。

白い犬だ。

大きな白い犬。何ていう犬種なのかは何とも言えない。俺は犬に詳しくないし、俺みたいな犬に興味のない人間でも知っているような有名な種類じゃなさそうなことだけは確かだ。雑種なのか。腰の高さとは言わないまでも、頭の位置が俺の膝よりはずっと上まで来るようなでかい犬だ。

このへんで野良犬なんて聞いたこともない。どこかの犬が家出してきたのか。でも、不思議と怖くはなかった。でかいけれども、特に敵意を感じることはない。尻尾を振っているわけでもないから、こっちに友好的なわけでもなさそうだが。ただ、けだるそうに、のそのそとこっちに向かって歩いてくる。

俺のそばまで来たときに犬は一瞬だけ頭を上げて、俺の顔を見た。

でも、それだけで、犬はそのまま向こうに行ってしまった。たぶん、何でもないことなんだろうけれども、俺はまるでその犬に顔を確認されたように感じた。

しばらくそこで胸騒ぎがしていたが、その夜はどうしても飲みたい気分だったので、そのまま進んだ。なにもかもが信号のチカチカで黄色くなっていく。そのときだった。もう一つ向こうからやってくる何かを俺が見たのは。