奇々怪々 お知らせ

不思議体験

志那羽岩子さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

さわってるのに遠い
短編 2026/02/18 08:54 249view

空気が重くなる前に、匂いが変わります。

これ、変なこと言ってるの分かってます。でも本当です。

雨の前の土の匂いじゃないです。もっと甘いです。でも冷たいです。鉄と、ろうそくを溶かしたみたいな匂い。少しだけ、はちみつみたいなのも混ざってる感じがします。でも吸うと、鼻の奥がきゅっとします。

その匂いがすると、わたしの体が少し遠くなります。

コップを持っても、ちゃんと触ってるのに、うすい紙が一枚はさまってるみたいになります。机を叩いても、すぐに痛くならなくて、あとから骨にひびく感じがします。

ぼんやりしてるわけじゃないです。むしろ、いつもよりはっきりしてます。

ただ、わたしと、わたしの体のあいだに、少しだけすきまができるみたいなんです。

小さいころからありました。秋が多かったです。怖くはなかったです。いつか元に戻るって、なんとなく分かってたからです。

でも、十二歳の秋から、変になりました。

父の同僚の人が家に来て、わたしを見て、変な顔をしました。

「先月、うちの近所で会いましたよね」

って言ったんです。

赤いジャケットを着て、路地に入っていったって。

赤いジャケットは、わたしのです。でもその日は家にいました。お腹が痛くて、ずっと布団にいました。日記にも書いてあります。

父は否定しました。でもその人は、本当に見た顔でした。冗談じゃない顔でした。

それから、何回もありました。

橋のそばで見たって言う人。図書館の裏で、ずっとこっちを見てたって言う子。

みんな、少し困った顔で言います。

その日は決まって、あの匂いがしていた日です。体が遠くなる日です。

昔の日記に、こんなことが書いてあります。

「今日は長い時間、どこかにいた気がする。帰ってきたら、靴の裏に泥がついてた」

でもその日、わたしは一日中部屋にいました。靴は下駄箱にありました。泥は乾いてました。

二十代になってから、その匂いは来なくなりました。

終わったんだと思ってました。

先週、甥が泊まりに来ました。

夜、リビングで一緒にテレビを見てました。

急に甥が、わたしの腕をつかみました。

「伯母さん、遠い」

って言いました。

意味が分からなくて、聞き返しました。

1/2
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。