「触ってるのに、遠い」
そのとき、鼻の奥にあの匂いがありました。
甘くて、冷たくて、鉄みたいな匂い。
笑おうとしました。でも、できませんでした。
翌朝、地元の友達からメッセージが来ました。
「昨日、川沿いで会わなかった?赤い上着着てたよ。声かけようとしたら、暗いほうに歩いていって、なんか怖くて呼べなかった」
赤い上着は、押し入れの奥にあります。何年も着てません。
昨夜、わたしは外に出ていません。
リビングに行くと、ソファの毛布がへこんでました。
人が寝てたみたいな形でした。
でも、甥の体より細くて、肩の位置が少し高い形でした。
へこみのふちに、細い泥のあとがありました。まだ湿ってました。
匂いが、少しだけ残ってました。
わたしは、そのへこみに触っていません。
触ったら、今あるこの体の感じが、もっと遠くなる気がします。
もしまた甥に「遠い」って言われたら、
そのときは、わたしのほうから聞こうと思います。
「どっちが遠い?」って。
もし、甥が答えられなかったら、
赤い上着を出します。
それを着るのが、どっちなのか、見ていようと思います。
匂いは、まだ少しあります。
空気が、ほんの少し重いです。
今夜、わたしは、ちゃんとここにいられるでしょうか。
それとも、もう一人のほうが、先に外に出るんでしょうか。
[月うさぎ ◆x7J8mY2Q]
前のページ
2/2
この話は怖かったですか?
怖いに投票する 0票
























※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。