特養老人ホームの怪~ある利用者の死~
投稿者:くま (10)
以前、働いていたことのある古い特別養護老人ホームの夜勤時に、奇妙な出来事にあたることが多かった。
見回り時にすすり泣きが聞こえてくるが、起きている人は誰もいない。
ふっと声をかけられて振り向くが、暗いホールには誰もいない。
こんなことは毎度のようにあった。最初は気味が悪かったが、そのうち、この程度の変なことは気にならなくなった。また、先輩方に話してみても「あるある。よくあることだよ」と返ってくるので、そういうもんかと思っていた。
人影が目の前をよぎるとか、その程度のことなら特に驚かない。けれど、未だに忘れることのできないことがある。
それは、わたしの夜勤の時に、ある利用者が亡くなった時のことだ。看取り状態だったので、いつ亡くなっても不思議ではないし、亡くなったこと自体はまあ、当たり前のこととして受け止めている。
怖かったのは、その人が亡くなった時、他の利用者たちが変だったことだ。
すごくよく寝ているのに、見回りに行くとふーっと目を開いて「ありがとうございます」と呟くように言って、またふーっと目を閉じてゆく。
何だ今のは、寝言かと思ったが、同じような現象が、三人、四人と続いたので、ただ事じゃないと気づいた。
亡くなった人が乗り移っていたのかもしれない。ものを喋ることができない人だったから、最期の言葉を他の人の口を借りて伝えたかったのか。
その夜勤の時、流石に怖くなったけれど、明け方の最後のオムツ交換の時、また「ありがとうございます」と言われた。
一晩中、どの利用者からも「ありがとうございます」と言われ続けて慣れていたのもあって、その時は怖いのを通り越して愛おしくなった。
それで「いいえ、こちらこそ。どうぞ成仏してください」とお話したら、もうどの利用者からも「ありがとうございます」とは言われなくなって、いつも通りの、うんこいじりしたり、ベッドから落ちかけたりする人たちに戻ってしまった。
もう少し憑依状態を長引かせていたら、早番の職員がくるまで楽な夜勤ができたのにとちょっと後悔した。
ちなみに、その亡くなられた利用者は、身寄りのない方だった。特養に入所中、ただの一度も家族や知り合いからの面会はなかったし、お金もなかったので、いつも誰かの古着を着せられていた。
喋ることもできないし、ただ車椅子に座って一日中でも静かにしているような人だったので、ついつい何でも後回しにしてしまっていた。
だから本当は自分たちは、「ありがとうございました」なんて、あんなにたくさん言ってもらうような立場ではないと思っている。
どうか成仏して、あの世では食事を一番最初に配膳してもらい、おやつも飲み物も一番たくさん分配され、良い着物を着て、一番日当たりの良い窓際でひなたぼっこさせてもらって、いつも誰かと一緒で寂しくない時間を過ごしてくれていれば良いと思っている。
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