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不思議体験

くまさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

エレベーターの中にいた人
長編 2021/12/25 12:44 2,580view

 わたしは特別養護老人ホームに介護士として勤務しています。霊感があるという自覚はないのですが、特に夜勤の時などに、奇妙な体験をすることがよくあります。この間の夜勤の時も不可解なことがありましたので、お伝えしたいと思います。

 わたしの勤務している場所は、施設の一階です。階段室は必ず施錠して、利用者さんに危険がないようにするのが決まりです。階段の他に、エレベーターがあります。利用者さんに乗ってもらい、移動するのにとても重宝しています。

 この間の夜勤は、比較的穏やかな夜でした。
 いつもナースコールをされる利用者さんが珍しくよく眠っておられて、そのお陰でとても静かな夜だったのです。いつもこんな夜なら本当に助かるのですが。

 その晩、わたしは真っ暗なホールでパソコンを開き、記録を入力していました。ところが、あまりにも平和なために、少し眠たくなってきたのです。
 いつもならば、うとうとする間はありません。
 大抵の晩だと、ナースコールが鳴ったり、眠ることができない利用者さんが独歩で出てこられたりなどするからです。しかし、その晩に限って、妙に静かでした。
 あまりにも眠いので飲み物が欲しくなりました。お茶でも飲んで、しゃきんとしたいと思いました。
 それで、持ってきたナップサックの中を見たのですが、悪いことにペットボトルの飲料を忘れてきてしまっていました。なんと、今日に限って忘れてきてしまうとは。いつも、必ずお茶を持ってきていると言うのに。
 あちゃあ、やってしまったと思いましたが、このままでは眠くなる一方で困ります。仕方なしに小銭を出し、自販機で飲み物を買うことにしました。

 夜勤には少なくはない手当が着きます。けちけちすることはない、お茶代くらい何だ、と自分で自分を納得させながら、ユニットを出ました。通路には足元照明がほっこりと灯り、ほどよく穏やかな雰囲気です。

 わたしはいつも、夜勤の時、この通路を歩くのがなんとなく嫌なのです。
 確かに穏やかで柔らかい雰囲気なのですが、そこには階段室があります。ガラス張りの戸の前を通ると、自分の姿が映るのですが、何か別のものが映りこんでいるような気がしてしまい、できるだけそれを見ないようにして通り過ぎます。それに階段は妙に音が響きます。誰もいないはずなのに、音がしてきそうで怖いのです。

 階段室はもちろん真っ暗で、人はいません。二階の夜勤者が、夜勤中に階段室を使って一階に降りることは、まず、ないのです。
 その階段室の前を通り過ぎて、エレベーターの側にある自販機に到着しました。少し迷いましたが、お茶を購入しました。ごとんと落ちる音が夜の廊下に響きます。ちょっとした物音でも、ドキリとしてしまいます。せっかく静かに寝ておられる利用者さんが起きてしまうかと思うのです。
 しかし、誰も起きませんでした。相変わらず、静かです。ほっとしながら飲み物を手にし、急いで自分の持ち場に戻ろうとした時、それは起こりました。

 ちいん。
 音がしたのです。
 心臓が止まるかと思って振り向くと、エレベーターが開いていて、車椅子の利用者が乗っていました。
 活動的なことで有名な、〇〇さんという方です。二階のユニットの利用者さんです。

 あっ、〇〇さんだ、一階に降りてきてしまったんだ。
 エレベーターに乗っている〇〇さんの姿を見て、わたしは焦りました。おまけに〇〇さんは、困ったような顔をして、「お願い、出して」と言っています。今にも車椅子を動かしそうな様子ですが、なかなか手がうまく使えず、じれったそうな様子です。

 ああ、いけない。
 慌ててエレベーターに走り寄ろうとした時、またエレベーターはちいんと音を立てて閉まりました。そして、あれよあれよという間に、一階から二階に上って行ってしまいました。

 これまでも、利用者さんが分からないながらにエレベーターをいじって、一人で乗ってしまうことはたびたびありました。それは、たとえ利用者さんが無事に乗り降りできたとしても、事故報告書を書かねばならないくらいに危険なことです。
 万が一、エレベーターに挟まれてしまったら大変です。一歩間違うと大きな事故に繋がるので、利用者さんがエレベーターに近づくことがないように、よく気を付けなくてはなりません。ましてや〇〇さんは車椅子の方だし、さっき見た様子では、思うように手が使えていないようだったし、無事にエレベーターから降りることができたのか心配になりました。

 エレベーターの表示は、ずっと二階のままになっています。
 しいんとした静寂が続きました。いつまでもここに留まることはできません。早く持ち場に戻らなくてはと焦る思いはありましたが、念のため、わたしはエレベーターのボタンを押しました。エレベーターは、するすると一階に戻ってきました。

 もし、〇〇さんがまだエレベーターに乗っているならば、自分が一緒に行ってユニットにお連れしなくてはと思ったのです。
 しかし、一階に到着し開いたエレベーターの中は無人でした。と、すると、〇〇さんは、無事にエレベーターから降りることができたんだ、ああ良かった、と、わたしは安堵しました。
 そしてそのまま自分の持ち場に戻り、朝まで勤務をしたのです。
 
 幸い、その晩は、他に何も起こりませんでした。
 わたしの持ち場の利用者さんたちは皆お元気で、お変わりなく無事に朝を迎えておられました。それは、とても良かったです。

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