これは私が大学のサークル仲間と3人で、2年前の2月にオーストラリアの北部へバックパッカー旅行に行ったときの話だ。
当時は現地が雨季の終わり頃で、私たちは湿地帯に近いBという小さな田舎町の、寂れたゲストハウスに泊まっていた。
初日の夕方、ゲストハウスの裏手にある濁った泥川のほとりを一人で散策していたときのこと。
対岸の生い茂るマングローブの根元近くの水面に、何かが浮いているのが見えた。
目を凝らすと、それは水面から上を向いて突き出た、白っぽくて平べったい人間の手のひらのように見えた。
川の泥で汚れたその手は、まるで溺れた人が助けを求めて、泥水の中から必死に伸ばしているかのような形をしていた。
よく見ると、その手の甲のあたりに、斜めに走る太い赤黒い傷跡がはっきりと残っているのが分かった。
不気味だったが、周囲は静まり返っており、風もないのにその手だけが、水面を小さく上下にパタパタと揺らし続けていた。
私が「誰かいるのか」と声をかけようと一歩近づいた瞬間、川底の泥が大きく巻き上がり、その手は一瞬で水底へと消え去った。
翌々日の朝、今度はゲストハウスから数キロ離れた、観光客向けのボートツアーが発着する下流の船着場にいた。
仲間たちがチケットを買っている間、私は桟橋の端から濁った水面を眺めていた。
すると、木製の桟橋のすぐ下、ほんの1メートルほどの至近距離の泥水から、また「それ」が突き出ていた。
あの、泥で汚れた白っぽい人間の手だ。
見間違えるはずがない、手の甲にはあの斜めに走る赤黒い傷跡が、生々しく残っていた。
場所も時間も違うのに、なぜまた私のすぐ目の前に現れるのか。
それは、まるで私が覗き込むのを分かっていたかのように、水面をパタパタと小刻みに揺らし、私を水際へと誘うように手招きしていた。
「おい、危ないぞ!」と後ろからボートの操縦士に肩を掴まれ、我に返って視線を戻したときには、その手はまた滑り込むように濁流へと消えていた。
その日の夜、私はどうしてもあの手が頭から離れず、激しい寝汗をかいて夜中に目を覚ました。
気のせいだ、異国の川で見慣れない漂流物を見ただけだと自分を納得させようとしたが、どうしても動揺が収まらない。
ゲストハウスの廊下にある共同の給水機へ向かい、コップに水を注いで、ふと足元の開いた窓から中庭の池を見下ろした。
心臓が口から飛び出るかと思った。
月明かりに照らされた狭い池の水面から、あの白い手が、また突き出ていた。
それは、窓辺に立つ私をじっと指し示すように、空中で静止していた。
ここは川とつながっていない閉ざされた池だ。なぜ私の行く先々に、あの手だけが先回りして現れるのか。
他人の目には入らず、ただ私という一人の人間を、じわじわと水際へ引きずり込もうとしている。恐怖で私はその場から逃げるようにゲストハウスへと戻った。
最終日、私たちは空港へ向かうタクシーの中で、現地のレンジャーをしているという運転手にこの体験を話した。
最初は「旅の疲れで幻覚でも見たんだろう」と笑っていた運転手だったが、私が「手の甲に傷がある同じ手が、行く先々の水面で自分を誘うように動いていた」と話した瞬間、バックミラー越しに見える彼の目が、急に鋭く強張った。
彼はタクシーのスピードを落とし、低い声でこう言った。
「……それは絶対に近づいちゃいけない。このあたりの湿地にいる、年老いたイリエワニの個体だ」
運転手が言うには、その地域の一部の巨大なワニには、恐るべき知能と狩りの習性があるらしい。



























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