そしてもう一つ。
絶対に破ってはいけない暗黙の決まりがあった。
メモに、
「あなたは誰ですか」
「姿を見せてください」
そういうことを書いてはいけない。
昔それをやった人がいるらしい。
その日から、シューターに落とした依頼が一切処理されなくなったという。
便利な存在を怒らせるな。
それだけは皆、真剣に守っていた。
私自身、その存在に助けられたことがある。
繁忙期の夜だった。
疲れで手元が狂い、高価なグラスセットを床に落としてしまった。
粉々だった。
弁償すれば給料が何ヶ月分も飛ぶ。
頭が真っ白になった。
私は泣きそうになりながら、メモを書いた。
「どうしよう。助けてください」
それをシューターに落とした。
翌朝、パントリーの台の上に、グラスが並んでいた。
傷一つなく、元通りの形に戻っていた。
その横に、まだ温かい缶のミルクティーが一本置いてあった。
あの夜、館内には私しか残っていなかった。
それ以来、私はボタンを置くとき、少し頭を下げるようになった。
ただ一つだけ、気味の悪いことがあった。
仕立て屋からの返事は、時々紙片で返ってくる。
古い万年筆の文字で、短く書かれている。
ある日、支配人室の書庫を整理していたとき、戦前の業務日誌を見つけた。
開業当時のものだった。
ページをめくった瞬間、手が止まった。
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《解説》
※いみがわからない人だけよんでください。
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この言葉の意味は、こういうことだ。
「次は、後ろを向いている人」
これは、
もうボタンでは足りないから、次は人が必要だ
という意味になる。
最初、式場の人たちは「地下の仕立て屋」に仕事を頼むとき、
お礼として 真鍮のボタン を置いていた。
クロスをきれいにしたり、グラスを直したりしてもらったお礼だ。
でも長いあいだ、たくさんの仕事を頼みすぎて、
ボタンだけでは お礼が足りなくなってしまった 。
だから仕立て屋は言った。
「まだ足りない」
そして続けてこう書いた。
「次は、後ろを向いている人」
どういうことかというと、
シューターに紙を落とす人は、いつも 穴のほうを向いている 。
そのとき、背中は 後ろ を向いている。
つまり、その人の すぐ後ろ に、
仕立て屋が立っているかもしれない、ということだ。
そして「次は後ろを向いている人」というのは、
今度のお礼は、ボタンじゃなくて、その人自身になる
という意味になる。