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不思議体験

名無しさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

恐ろしく怖い人
短編 2026/02/27 08:58 74view

 ――人ってのはリスクを恐れる生きものなんだよ。

 何の脈絡もなしに、その人は云う。片手にビールの入ったグラスを持ち、赤らんだ顔は何処か得意げであった。

「そういうもんですか」

 言ってから適当な返事だと思った。

 四方を取り囲む壁は、二人だけの密室的な空間を形成してくれていた。騒いでいる隣の部屋の声が然程気にならないのは、物理的な距離以上の隔たりがあるからだと思われた。

「そういうもんだ」

 その人は片方の口角をにゅいっと上げて、続けた。

「たとえば、包丁を持つ女が居たとする。それは恐ろしい。恐ろしいのだが、何が恐ろしいのかと言えば、己が傷つけられるかもしれないというところが恐ろしい。でも逆に言ってしまえば、その女というのは何ら恐ろしくないんだな。女は女であって、そこに居るだけだ」

 ――人間が見るのはそこにあるリスクなんだよ、と云い、その人はビールを飲み干す。

「確かに怒鳴られるのが怖いのであって、高山さんが怖いわけではありませんもんね」

 高山というのは俺の上司である。パワハラが問題視される時代にそぐわない、頭からつま先まで昭和で染め上げられたような人間だった。

「その通りだ」

 その人は俺に指を指すと、自分への褒美と言わんばかりにトクトクとコップにビールを注いだ。

 ――俺は。

 ――俺は、この人が怖い。

「厭だ、とか好きだ、とかはまた別の話だぜ? こと『怖い』というジャンルに於いては人は人を見ているんじゃあなくて、その後ろにあるリスクを見ているんだよってことだ」

 ――その話に異論はない。俺もそう思う。そう思うのだが――。

 ――俺はこの人が怖いのである。

 何故、と聞かれると非情に難しい。特に何かされたわけでもない、それどころか、喧嘩めいたことなど一度もしたことがない。

 優しい人なのだ。きっとこの飲み会もこの人の奢りに違いない。

 俺の話もよく聞いてくれる。困ったら真っ先に相談するのは、もしかしたらこの人かもしれない。

 でも。しかし。

 この人が尋常ではなく怖いのだった。

 先の話に則るなら――怖くないはずなのである。何故なら、この人にリスクなど一切ない。見た目だって人懐っこい顔をしていて、誰にでも好かれるのであろうことが容易に想像できる。怖がる要素など一切ないはずなのに、恐ろしい。

 今だって平静を装ってはいるけれども、足の震えが止まらない。今すぐにでも逃げ出したい。この人と個室に二人きりで居るなど考えられない。

 では、何故そもそもこの飲み自体を断らなかったのか――。

 そこが自分でも解らない。あえて無理やり言語化するのであれば、途轍もなく恐ろしいのだけれど、実際に会おうとなった時に恐怖心が絶妙にコントロールされるのだ。怖いけども、会ってもいい――という具合に。否、それほど軽いものではないかもしれない。“会わなければならない”という強迫観念にも似た感情に突き動かされるのだった。でもそれは間違いなく自分の意思だ。それだけは確信できる。

 だからこそ意味が分からない。

 俺は頭が狂ってしまったのだろうか? しかし、そういった不可思議な感情に捉われるのは唯一、この人のみなのである。

「大丈夫か…?」

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関連タグ: #声#山#海#酒
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