祖父の家には裏庭があり、その隅には小さな池があった。
私はその裏庭や池が好きではなかった。陰気だったので。
山に貼りつくように建っている家の、その裏なので、
家と山に挟まれて殆ど日がさしこまない。
そこに池があるのだから全体的に湿っているのだ。
池の外観はたとえて言うなら風呂の浴槽のデカいやつ。
普通の家の風呂の2倍くらいの広さだが深さは半分くらい。
コンクリート製で苔むしているが趣きとかはなく味もそっけもない。
一応は水草も生えていたし金魚も数匹泳いでいたが。
今になって思えば、あの池は多分に防火水槽みたいな
存在だったのだろう。
そしてその池には主のようなカエルがいた。
モリアオガエル。
あとになって知ったが、日本固有種で、
水辺に産み付けられた卵からオタマジャクシが生まれ、池で育つ。
だがカエルに成長すると池を離れ山に入り生活し、
産卵期にだけまた池に戻ってくるという習性のカエルだった。
どうりで、常日頃に姿を見かけることが、なかったわけだ。
特徴的なのは珍妙な卵を産むこと。
池の上に張り出すように伸びている草木の枝に、泡の塊のような
卵を産み付ける。大きさはソフトボールより少し大きいくらい。
泡の中に卵があり、孵化したオタマジャクシはそのまま池に零れ落ち、
カエルになるまで池で過ごす。
初夏になり、朝に裏庭に面した縁側のカーテンを開けると、
突然に池のそばに白い泡の塊ができていて、少し驚く。
それがその家での毎年恒例の出来事でもあった。
ただ、卵が産み付けられると祖父がわりとこまめに駆除していた。
枝ごと刈り取って近所の谷に投げ捨てていた。
オタマジャクシが増えすぎると、それを食べに蛇とか来るからだとか、
カエルの鳴き声がひどくなっても煩いからとか、そんな理由みたいだった。
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