T村のT病院
投稿者:GENGO (32)
ライダーのA氏から聞いた話。
大学生になってからバイクに興味を持ったA氏は、
地元から離れた大学の所在地で免許を取得しバイクを買った。
大学2年の夏休み、ツーリングを兼ねてバイクで帰省することにした。
高速道路をつかわずとも朝に出れば夕方には地元に着く距離ではあったが、
3県を超え、山の中を走破する絶好のツーリングになるので、
A氏はワクワクした気分で旅立った。
道中では景色の良い山並みや湖などを眺め、ツーリング気分を満喫した。
だが途中で見た道路標示で、この先にTという村を通ることが判ったとき、
なぜか心がザワついた。
なんでザワつくのかわからないままバイクを走らせたが、
どうやらT村に入ったらしいというあたりから、ザワつきが
さらに増していった。
なんだか心が締め付けられるような気持ちが込み上げてきた。
この景色、見たことがある・・
そういう思いが湧き上がってきた。
だが、A氏の覚えている限り、その地域は生まれて初めて訪れる場所のハズだった。
けれども川を渡る小さな橋、大きな神社、それらを通り過ぎるごとに
「俺、ここを見たことがある!」
という感情が湧き上がってきた。
そして道沿いに大きな白い建物が見えてきたときに、
感情が爆発した。
「俺、ここに来たことがある、ずっと前に!」と。
その白い建物の前でバイクを止めた。
その建物は病院だった。病院だった建物だった。
いまは閉まっている廃病院。
建物の正門を閉ざす板壁の横にT病院という名前と、
呼吸器関係の病院だったことを示す朽ち果てた看板があった。
門が閉じているので病院の敷地には入れない。
だがA氏の脳裏に、病院の中の、おそらく屋上から見えるであろう景色が
鮮明に蘇った。
屋上の柵の内側に、柵を背にして若い女性が立ってこっちを見ている。
和服のような白い服を着ている。
多分、入院患者の寝巻姿。
能面のような無表情な顔をしている。
ゆっくりと後ろに倒れる。柵の外側、階下に落ちて消える。
柵の向こうの遠くに夕日を浴びた橋や神社が見える。
母親は何を知っているんだろう