「……それから、ああなっちまったんだと」
独り言を言いながら、誰もいない道を歩いていく後ろ姿。おっちゃんの中では隣の息子と話してるんだろな、笑い声も聞こえてきてた。
「まあ、ほっときゃ無害なんだけどさ。……毎回、あの料理だけは頼んで、手をつけないんだと。そりゃそうだ、食う奴が居ないからなぁ」
「ただ、指摘するとキレて、他の客に殴り掛かったこともあるんだってさ。『カズマのこと馬鹿にしてんのか』って」
その言葉を聞いて、俺はぞっとしたね。
もし俺が酔いに任せて「誰と話してるんですか?」なんて言っていたら、どうなってたんだろうってな。
正直言うと、俺は霊とか信じてないんだ。
だから、あのおっちゃんは息子さんが死んだのを受け入れられなくて、幻覚を見てる人なんだと思う。
霊が見えるって言ってる人って、案外あんな感じなのかもな。
…いや、馬鹿にしてるわけじゃねぇよ?でもさ、それってすっげぇ怖くね?
だってさ、もしかしたら自分の見てる世界、全部幻覚かもしれないじゃん。それこそあのおっちゃんみたいに。
自分が見聞きしたものをはなから疑ってかかる奴なんか、そうそう居やしないよな。
そうやって幻覚を現実と思ってる人って案外そこらに居たりするんだよ、多分。
人間って、信じたいものを信じるもんだしな。
例えば俺が、ここでこうやってお前と話してること。
なぁ、お前さ、いま誰の話聞いてるんだ?俺って本当に実在してる人間か?俺とお前の関係性ってなんだっけ?兄弟?友達?分かんないだろ?
つまり、そう言う事なんだよ。土台が整ってれば人間って、存在しない相手とも会話が出来るんだ。こんな感じでな。
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