「どうして私だったのか、未だにわからないんですよ」
恵子はそう言うと、アイスコーヒーの氷をカランカランと鳴らした。
当時学生だった恵子は、学校近くのコールセンターでアルバイトをしていた。
「コールセンターってノルマきつそうとか精神的に病むとかあまり良くないイメージ持たれがちですけど、私がいたとこはすごい楽というか、今で言うホワイト企業だったんですよ。いつ出勤してもいいし、休みたくなったら理由なく休んでもいい。受電のみだから無理な営業電話やらされることもなくって、飲み物とかも無料で貰えてすごく良かったんです」
コールセンターを選んだのには待遇の良さの他に、もうひとつ理由があった。
それは、コールセンターのアルバイト経験が事務職の就職に有利になると聞いたからだ。
「やっぱりほら、電話対応ってどこでも必ずあるじゃないですか。電話苦手な人って多いから、コールセンターの経験があるとそれだけで結構有利になったりするんですよ。PCも頻繁に使うからブラインドタッチも覚えられますしね」
そんなこんなでアルバイトを楽しんでいた恵子だったが、ひとつだけ気がかりなことがあった。
「バイトが終わってビルから出て駅に向かうじゃないですか。その時に……」
誰かが、恵子の後をつけてくるのだという。
足を止めて振り返ると、それが恵子と同じくらいの身長の女だということがわかった。
天気を問わず常に傘で顔を隠し、長いコートを身に纏った不気味な女。
その女が、一定の距離を保ちながら恵子の後をつけていた。
「最初はもちろん気のせいだと思いましたよ。駅に向かう道ですから、たまたま行き先が被ったんだろうと。でも……」
女は恵子がコンビニに入ると、恵子が出てくるまで外で待っている。
恵子がコンビニから出て再び歩き出すと、また一定の距離を保ちながらついてくる。
薬局、スーパー、どこに立ち寄っても、同じように待ち伏せして同じようについてくる。
さすがに気持ちが悪かった。
「そうは言っても相手も女性ですから。これが男だったら真っ先に交番に駆け込んだでしょうけど、女だったら最悪喧嘩しても勝てるかなと。なんかナメてた部分もありましたね」
それに女は、駅に着くと姿を消してしまうのだという。
電車や地元の駅では姿を見かけたことがない為、恐らく反対方面の電車に乗っているのだろう。
「いくら女でも家まで来られたら怖いですけど、そうじゃなかったんで。変にモメるのも嫌だし、別にいいやと思っていました」
やがて恵子も就活が始まり、それまでは週5ペースで出ていたバイトも出勤頻度が低くなった。
週5から週3、週3から週1とだんだん減っていき、とうとうスケジュール管理が大変になり、しばらく休むことにした。
「就活のことは話していたので休むことに関しては普通に許してもらえました。就活とか関係なく長期間休む人もいるし、やっぱりそこら辺は他より緩かったですね。友達なんか焼肉屋でバイトしてましたけど、就活中だろうが関係なくシフトガンガン入れられるって愚痴ってましたからね」
結局、卒業ギリギリで就職先が決まった恵子は、その後一度も出勤することなくコールセンターを辞めた。
就職先の関係で引っ越しが必要になったのだ。
「はじめての一人暮らしの準備。家具揃えたりとか仕事に必要なもの買ったりとか、すんごい大変でしたよ。いちばん大変だったのはやっぱり物件決める時でしたね。敷金とか礼金とか何?って感じで」
両親はセキュリティのしっかりしたマンションを勧めたが、恵子は金銭面のことも考えて会社近くの古いアパートを選んだ。
外観はボロアパートそのものだったが、中はリフォーム済みでなかなか綺麗だった。
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