「お風呂とかも特にこだわり無かったし、いつもシャワーしか浴びないからユニットバスで充分でした。いちばんこだわったのは近くにコンビニがあるかどうか、でしたね」
恵子が住むことになったアパートの向かいには、学習塾の入ったビルがある。
そのビルの一階がコンビニになっていた。
「そういえば私がバイトしてたコールセンターも、塾と同じビルに入っていました。だからその向かいのビルを見てたら色々思い出してしまって……」
楽しかったバイト生活と共に、毎日のように後をつけてきたあの女のことを思い出した。
結局、なぜあの女が後をつけてきたのか、なぜ恵子を選んだのかは謎のままだった。
「バイト先の人には話したことなかったですよ、女のこと。話すほどのことでもないっていうか、なんか気味悪がらせるのも申し訳ないなって思うじゃないですか。実際、後つけられるだけで何か危害を加えられたわけじゃないし」
どちらにせよ、引っ越してしまったからもうあの女に会うことは二度とないだろう。
仕事の忙しさと慣れない一人での暮らしでいっぱいいっぱいの恵子は、だんだんと女のことを忘れていった。
「あれは確か……同僚と飲みに行った日だったと思います」
ベロンベロンに酔っ払い、ふらふらの足取りで帰宅した恵子は、自分の部屋のドアノブに何かがかかっていることに気づいた。
それはただのスーパーの袋で、中身は空っぽだった。
「悪戯かなと思って捨てましたよ。それか、風で飛んできて引っかかったのかなあと」
部屋に入り、冷水を飲んで酔いを覚ました恵子は、ふとある事に気づいた。
「カレンダーが、新しい月になっていたんです。私ってズボラだから前の月のまま放置しちゃうことがあって、あーそろそろ変えなきゃとは思っていたんですけど」
自分で剥がした記憶はない。
が、確かに新しい月になっている。
前月のカレンダーは、丁寧に折り畳まれた状態でゴミ箱に捨てられていた。
「やっぱりおかしい。だって私、カレンダー捨てる時はぐしゃぐしゃに丸めるんですよ。そんな丁寧に折り畳んだりしないですから」
家に来たことのある友達の仕業だろうか?
しかし、ゴミ箱のゴミは一応毎日まとめて大きなゴミ袋に移動させている。
となるとゴミ箱に入っているゴミは、今日中に捨てたものでないと辻褄が合わないのだ。
「この日からですね、変なことが気になるようになったのは」
窓の鍵がいつの間にか開いている。
玄関に置いてあった靴が下駄箱にしまわれている。
傘立ての傘が一本なくなっている。
まだ捨てていなかったはずのトイレットペーパーの芯がごっそりなくなっている。
恵子は自分の部屋にいるのが恐ろしくなり、会社の友達の家を転々としたり、ネットカフェや漫画喫茶に泊まるようになった。
しかしそんな生活が長続きするはずもなく、体調を崩した恵子はやむを得ず自分のアパートに戻った。
「とりあえず、引っ越しのことは考えてました。親に相談したら絶対、だからマンションにしとけと言ったんだと怒られると思ったので、親には何も言ってません」

























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