夜の玄関に足を踏み入れた瞬間、
わたしは息を吐き出すようにして鞄を落とした。
今日は、ほんとにしんどかった。
彼氏とのすれ違いが限界で、胸の奥がきしむように痛む。
声をかけられたのは、その時だった。
「……その顔、どないしたん?」
振り返ると、あいつがいた。
家に勝手に入った理由なんて説明しないのに、
なぜか怒る気にもならないほど、
柔らかく笑っていた。
「それは彼氏さんが悪いわ。
俺なら、そんな思い絶対させへんのにな」
その言い方が、心の弱いところにそっと触れてくる。
涙の出そうな浅い傷口に指を滑らせて、
「大丈夫やって」と笑うみたいな、
反則的な優しさ。
「お前は妹みたいなもんやからさ。
でもそんな顔、見てられんわ」
――妹みたい。
いつもそう言うくせに、距離は近すぎる。
耳の後ろに触れる吐息が熱くて、
痛みよりも先に身体の力が抜けてしまう。
慰められてるのか、口説かれてるのか。
どっちかなんて考える前に、
わたしはもう、甘さに沈みかけていた。
その夜。
布団の中にいても眠れずにいると、
ふっと、耳の奥で声がした。
「また考えてんのやろ。
疲れんでええねん、預けたらええ」
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