小学生の頃の夏休み、数日だけ母の実家に預けられていたことがある。
田舎の集落で、舗装されていない小道と、傾いた電柱と、虫の声がずっと響いていた。
当時はまだゲーム機を持っておらず、テレビも夜になると砂嵐になる古いブラウン管で、毎日がひどく退屈だった。
夜、ひとりで縁側に座っていると、遠くの方からガラガラ……ガラガラ……と、何かを引きずるような音が聞こえてきた。
最初は誰かが荷物でも運んでいるのかと思っていたが、それにしては遅すぎる。
夜10時を過ぎても、ずっと、遠くの方でその音だけが鳴っていた。
翌朝、祖母に「夜に誰か通ってるの?」と聞くと、
「ん? ああ、あれかい。……あれは、迎えに来る音だよ」と言って笑った。
「……何を迎えに?」
「なんでもないよ、ほら、もう朝だから気にしなさんな」
それでも毎晩、音は鳴っていた。
時には近くを通っているような気配もした。
けれど、姿は見えない。懐中電灯を持って外に出ても、何もいない。
ただ、音だけが、一定のリズムで、引きずるように動いていく。
3日目の夜、なぜか急に寝苦しくなって目が覚めた。
ぼんやりしていると、廊下の先から音が近づいてくるのがわかった。
ガラガラ……ガラガラ……
明らかに、玄関の方から誰かが入ってきていた。
でも、祖母も母も寝ている。
部屋の障子が、かすかに揺れているのが見えた。
布団をかぶって目を閉じた。
翌朝、祖母はなにも言わずに朝ご飯を用意していた。
ただ、「今夜は寝るときに枕の向きを変えておきなさい」とだけ言った。
「なんで?」
「迎えが来ると、頭がそっちに向いてる人を連れてくんだって。昔からそういうもんなのさ」
そう言って、ふふっと笑った。
でもその時の祖母の目は、笑っていなかった。
結局、私はその日のうちに帰ることになった。
理由は覚えていない。母が急に「やっぱり迎えに行く」と言い出した。
もう何年も経ったが、時折、夏の夜に遠くからガラガラという音が聞こえる気がする。
耳鳴りのように。思い出した頃に。
そして私は、寝る前に枕の向きを気にするようになった。
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