妻との会話
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
ある日の夕方、突然の大地震に襲われた。
その日は休日で夫婦でリビングでくつろいでいたが、本棚や家具、家電など、とにかくあらゆるものが倒れてきた。
僕は妻と一緒に逃げようとしたが、つまずいて転んだせいで倒れてきた家具の下敷きになってしまった。
妻の姿は僕の位置からは見えなくなっていた。
その時に頭でも打ったのだろうか、僕はしばらく気を失っていたようだ。
気が付くと周りはすっかり暗くなっていた。
時間を確認しようにも、そこから確認できるような時計は見えなかった。
幸いなことに、挟まれたのは下半身と右腕で、何とか左腕は動かすことができた。
打撲くらいはしているだろうが、骨折のようなひどい痛みが無いのはラッキーだった。
決して広いとは言えないリビングの中で、倒れている家具同士が妙なバランスで重なっていて僕には動かすことができなかった。
とりあえず大きな怪我は無さそうで何とか体は無事なようだ。
しかし無理に動こうとして、家具がバランスを崩して余計に事態を悪化させる事もあるだろう。
とにかく、この暗闇の中でむやみに動いて体力を消耗したくないから、朝まではこの体勢のままでいる事にした。
そうだ、妻は今どうなってるんだ?
「おーい、大丈夫か!?」
思い切り声を出して呼びかけてみた。
「…大丈夫よ…。でも動けないの…。」
「そ、そうか、僕も今動けないんだ…。」
妻の声が聞けて安堵し、気持ちを落ち着かせることができた。
(そうだ、この状況を録画しておこう。)
災害の様子を記録しておけば、防災か何かの役に立つかもしれない。
僕は急に思い立ち、スマホを何とかズボンのポケットから取り出した。
かろうじて動く左手で画面を操作し、録画を始めた。
「そ、そっちはどうなってる?」
「…頭を打ったみたいで、とにかく痛いのよ…。でも体は何とか大丈夫みたい…。」
「そ、そうか。大丈夫そうだな。それは良かった。でも今は少しだけ我慢しよう。」
僕は妻を励まそうと会話を続けた。
「と、とりあえずこのままじっとしておこう。体力を消耗するだけだからな。朝になったら助けが来るからそれまでの辛抱だ。」
「…それもそうね。でもこれじゃ初詣はきっと無理ね…。」
「し、仕方が無いさ。僕も君も多分どこか怪我してるから、治って元気になったら初詣でも旅行でも一緒に行こうな。」
涙が、こみあげてきました。奥さまの心の声だったんですね。
私も涙が出ました。
主人公は極限状態で起こりうる一種の幻聴が聞こえていたんだと思います。助かってよかったですね