憑依【ひょうい】

「ところで今度の週末は結婚記念日なんだけど」

良輔は少し焦った様子で「ご、、ごめん、土日は出張なんだ」と返した。

少し間をおき、

「ところで今度の週末は結婚記念日なんだけど」

同じ言葉を笑顔で繰り返す愛美に良輔は「ごめん、だから土日は、、」と再び返す。

「ととーとーとーころで、こ－こここ、こーこー、、、」

まるで壊れた人形のように笑顔で同じ質問を繰り返す愛美に良輔は軽い寒気を感じ、黙り込む。

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しばらくするとご飯を食べ終えた良太が「そろそろ観察の時間だ」と呟くと、食卓を離れる。

現在夏休み中の良太は自由課題として「ゴキブリの生態」というとんでもないことをテーマにしていた。

担任から身近な生き物の観察をしなさいと言われ、事もあろうに「ゴキブリ」を選んだのだ。

良輔に手伝ってもらい何とか捕獲した数十匹のゴキブリを飼育ケースに入れ、日々熱心に観察記録している。

良輔が息子に何でそんなのをテーマにしたんだ？と尋ねると、みんなに嫌われていながらそれでもたくましく生きている生き物って、どんな生態をしているんだろう？という素朴な動機からだそうだ。

良太はリビング奥のサッシ戸を開くと、バルコニーに出ていった。

ゴキブリの入った飼育ケースはそこにあるのだ。

良輔は愛美との間の気まずい雰囲気を振り切るかのように「じゃあパパも観察するかな」と呟き、立ち上がる。

すると

「パパ～～～！」

良太の呼ぶ声がした。