※目が覚めてから冷静に振り返ってみて、鳥肌が止まらなくなった。あの婆さん最初から自分で言ってたんだなって・・・
先日、わたしが山梨県の瑞牆山(みずがきさん)の近くへ旅行に行ったときの話。
巨岩が多くて不気味な山なんだけど、現地の小さな居酒屋で地元のおっちゃん達から、ある奇妙な噂話を聞いた。
その山には昔から、岩穴や古い山小屋に潜んで人を食う「いわこもい(岩篭女)」という化け物がいるらしい。
おっちゃん達は「もし山の中で、グレーのセーターを着た普通のばあさんを見かけたら絶対に近づくな。口を開くと獣みたいな鋭い歯が並んでいて、そのまま食い殺されるぞ」と真剣な顔で言っていた。
ただ、対処法を聞いても「とにかく見つからないように逃げるしかない」としか教えてくれなかった。
その夜、私は変な夢を見た。いや、今でもあれが本当に夢だったのか分からない。気づくと、私は深い山の中にいた。あたりを包む湿った土の匂い。
なぜそこにいるのか記憶が曖昧なまま歩いていると、目の前にポツンと、今にも崩れそうな古びた木造の山小屋が現れた。
引き寄せられるように扉を開けると、薄暗い部屋の奥に、一人の老人が座っていた。
おっちゃん達が言っていた通り、グレーのセーターを着た、田舎のどこにでもいそうな普通のおばあさんだ。
「おや、迷い込んできたのかい」穏やかな声に一瞬ホッとしたが、次の瞬間、心臓が凍りついた。
おばあさんがニヤリと笑ったその口元から、人間のそれではない、ぎらぎらと尖った無数の鋭い歯が覗いたのだ。
「岩篭女(いわこもい)だ」と直感した。逃げようにも足がすくんで動かない。
じろりとこちらを睨みつける目は、完全に獲物を品定めしていた。
食われる、そう確信した極限状態の中で、なぜか私の頭に、昼間に食べた現地の料理のことが突拍子もなく浮かんだ。
「・・・ジャガイモ」
絞り出すような私の声に、老婆の動きがピタリと止まる。
「ジャガイモ、ジャガイモーーー!」
わたしが震える声でその単語を何度か口にした瞬間、老婆の顔がこれ以上ないほど恐怖に歪んだ。
どこにでもいそうなばあさんの皮が剥がれ落ち、異形の化け物としての本性が剥き出しになった。
「ヒッ……イ、イモ……! イモは苦手じゃあぁぁ!!」
鼓膜を突き刺すような凄まじい悲鳴を上げ、老婆はグレーのセーターを振り乱しながら、山小屋の奥へと転げるように逃げ去っていった。
ただの芋の言葉に怯えきって消えていくその後ろ姿を見送り、老婆の気配が完全に消えた瞬間、私ははっと目が覚めた。わたしは、誰もいない山小屋の床の上でうつ伏せになっていて、全身汗びっしょりだった。時計を見ると朝の4時だった。
あいつの名前は確か「イワコモイ」だ。地元のおっちゃん達もそう呼んでいた。
でも、目が覚めて冷静になってから、その名前を逆から並び替えてみて、鳥肌が止まらなくなった。「イ・モ・コ・ワ・イ(芋怖い)」
そうか、最初からそう言っていたんだ。
地元民すら知らなかった岩篭女の明確な弱点は「ジャガイモ(芋)」だった。
あの山には、まだ誰も知らない禁忌が本当に残っているのかもしれない。

























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