【より子ちゃん事件】－中学生 朽屋瑠子-

「こ…こんにちは。お母さん待ってるの?」

少女はびっくりして、ただ首を振った。

(ど、どうしよう・・・同い年の男の子から声を掛けられたのって初めてかも・・・)

「な・・・名前はなんて言うの?」少年がたどたどしく聞いてくる。

(名前は・・・ダメ、言えない・・・)静かに首を振る少女。

「名前・・・わかんない・・・」と、やっとの思いで声を絞り出す。

「えっ?名前わからないの?」
驚いたような顔で聞き返す少年。そして突然おもしろいことを言い出した。

「じゃ・・・じゃあ、名前を付けてあげるよ!」

(えっ?この子が私に名前をつけてくれるの?

・・・この子すごい・・・私が困っているのがわかったんだ!)

彼はしばらく考えて一人でブツブツ言っていたが、やっと決まったようで、
こちらをまっすぐ見ながらこう言った。

「じゃあ、キミの名前はより子ちゃんにしよう!」

その瞬間、ベアトリーチェは幸せな気持ちになった。
(より子・・・なんて良い響き・・・。それに日本人の女の子の名前よ。
これなら名乗っても大丈夫よね、お父さん・・・そうだ、彼の名前は?・・・)

ベアトリーチェは『より子』という名前をもらい、彼の名前も聞いておかなくてはと思った。
お互いに名前で呼び合いたいと思ったのだ。

「うれしい・・・ありがとう・・・。あなた・・・あなたのお名前は?」

「ボク、リョウ。貴澄(きすみ)涼・・・」

ベアトリーチェ・・・いや、『より子』は少しキョトンとしたが、彼のほっぺにキスをした。

「わっ!な、なんでチューしたの?」

「今、キスミーって言った・・・」

「き・す・み、貴澄涼!ボクの名前だよ」

「ええ～～・・・間違えちゃった」

「ぷっ、あははははっ」

二人はひょんなことから一気に距離をつめ、仲良くなった。
涼の持っていた小さな万華鏡を一緒にのぞいたりしながら楽しい時間を過ごした。
二人を温かい空気が包み込む。