こんな昔話がある。
地主の一家。家族構成は現当主である祖父、そして祖母、父、母、子ども達。子どもは4人、上からABCDとすると、BCDが男の子、Aが女の子だった。時代背景的に男児、それも長男が優遇され、あとの子ども達はただの労働力という扱いを受けていた。長男以外は所有する土地での農作業に日々駆り出される。
この家の長男にあたるBはあまり体が丈夫ではなかった。Bの身を心配した祖父は、どこで知ったのかまじないの類を始める。
まずB以外の子ども達に、着物は左前にして着るよう指示した。そして、B以外は箸を持つ手を左にするよう命じるなど、あらゆるものをBと反対にすることを強制した。その徹底ぶりは凄まじく、トイレや風呂から着物を逆(つまり右前)にして出てこようものなら、怒鳴り散らす有り様だった。しまいにBが右足を捻挫すれば「お前らは左足に怪我をしろ」とまで言い出したが、さすがに他の家族が止めた。
まじないは功を奏したのか、Bは怪我や病気をしなくなった。反比例して、他の子ども達が体調を崩したり、農作業で大きな傷を負ったりすることが増えた。
ある日、次男Cは風邪をこじらせて寝込んでいた。きょうだいの最年長者であり、弟達に分け隔てなく接する長女Aが看病してくれていた。Aは布団の脇に腰掛けてこんなことを呟く。
「ねぇ、私達の着物が反対なのって『逆さごと』なんだって」
Cは『逆さごと』を知らなかった。どこでそんなことを覚えたのか尋ねると、Aはこう答えた。
「『お迎え』が来て教えてくれたの。けど、私はまだ早いって帰っちゃった」
まだ早い、連れて行けない。そんなことを言いながら、『お迎え』なるモノは消えたそうだ。Cはその説明だけでは、逆さごとが何なのか理解できなかった。
それからしばらく経ったある朝、長男Bが右頬に軽い火傷を負った。Bは無用心に廊下を走っていて、炊事に使う湯を運ぶ長女Aとぶつかり少し湯を被ったのだ。問題は、その瞬間に祖父が居合わせたこと。激昂した祖父は湯の入った桶を奪い取り、Aの左半身めがけて一切の躊躇なく中身をぶち撒けた。
「ああああぁぁぁぁぁ…!!!」
Aの悲鳴に屋敷中の大人が飛び出してきて、大騒ぎになった。一部始終を目撃したCは、これまで感じたことのない程の怒りを祖父へ向けていた。と、
「なんという目をしているのだ」
Bに諌められた。
名状し難い感情が喉まで上がってきたのに言葉にならず、Cはただ体を震わせることしかできなかった。
その晩、『お迎え』を見た。火傷のダメージが大きいのか、包帯でミイラのようになったAは怖いくらい静かに眠っていた。その枕元に灰色のもやのような『お迎え』が居てボソボソと会話している。
「哀れ」
「うむ、哀れ」
「頃合いか?」
やめてくれ!!
Cは思わず叫んで、すぐにはっと両手を口にやった。夜中に大声を出しては他の者を起こしてしまう。
『お迎え』には顔がない、というか見えないのだが、意識をこちらに向けてきた感覚はあった。
…あのさ、こっち。
Cは自らの制御を失っていた。縁起でもないことをしている自覚はある。だが、身体が止まってくれない。寝室の戸を開け、廊下を歩く。『お迎え』は黙ってついてきた。そしてある部屋の戸をそっと開ける。
「…見えない」
「見えない」
『お迎え』達はそう言った。
…あぁ、そういうことか。
唐突にCは逆さごとの真意を悟った。祖父の寝巻きを手際よく左前に変える。祖父は起きる気配がなかった。途端、空気が変わった。























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