賃貸の一軒家に引っ越した結果
投稿者:N (13)
『きゃっきゃきゃっきゃ』
だが、随分と楽しそうな赤子の声が聞こえているのは確かだった。
と言うより、これはもしかしたら録音したものを流しているのでは?と俺は思った。
誰かが遠隔で音声を流しているか、若しくは、記録媒体が何らかの不良を起こして鳴っている?
そんな可能性を考慮したのだが、どうにもそんなものを買った覚えも無く、結局中に突入するしかないと思い、ゆっくりと寝室に入った。
当然の如く、誰も居ない。
電気を点けてベランダも確かめてみたが、誰も居なかった。
それでしばらく耳を澄ませていれば、『うーうー』とやはり何処からか赤子の声が聞こえた。
テレビなんかで猫の赤ちゃんが壁の中に居たりするケースもあったが、この家にそんな外から入り込めるような隙間なんてないだろう。
「マジでどっから聞こえるんだ…?」なんて唸るように考えていると、ふとクローゼットが視界に入った。
『あーうー』
あのクローゼットから声が聞こえている。
よく聞けば僅かに籠ったような声色だった。
俺の聴力が嘘をついていないのであれば、赤子の泣き声はクローゼットから発せられている。
その瞬間、妙な寒気を覚えたのだが、一家の主としては確かめない訳にはいかない。
俺は、腰が引けていながらも恐る恐るクローゼットを開いてみた。
衣装ケースや上着類が並んだクローゼット。
真ん中に仕切りが合って上下に別れているが、何処を見ても声の発信元は見当たらなかった。
しかし、足元には前に一度見た猫型のラトルが落ちている。
確か、前に見つけた際にケースの中に戻したつもりだったが、妻が出したのだろうか。
そう思って身を屈めてラトルを拾い上げようとした時だった。
クローゼットの下段、物と物の影に頭が上下にひっくり返った赤ちゃんがこっちを見ていた。
頭が逆さまでも口が大きく歪んで笑顔だという事は理解できた。
そして、その赤ちゃんは『きゃっきゃ』と笑いながら俺に向かって前進してきたのだ。
俺は「うわあッ!?」と咄嗟に体を上げて身を引いた。
その際、頭頂部をクローゼットの仕切りにぶつけて『ゴン!』と音が鳴ったが、そのままよたよたと後退ればベッドに足を取られて転げてしまう。
それでも痛みなんかは無くて、それよりもクローゼットの荷物の奥から這い出して来る赤ちゃんの姿に恐怖してもがくように床を這って寝室を飛び出した。
あれは何だ?玩具か?やけに生々しいが。
半ばパニック状態だったが、それでもリビングの我が子が心配でリビングに駆け込んですぐにドアを閉めた。
ベビーベッドを覗き込むと、我が子は目を輝かせて楽しそうに笑っていた。
お父さんは今さっき死ぬかと思ったんだよ、なんて苦笑しながら我が子の頭を撫でて横のソファに深く座り込んだ。
いや怖いよ