追跡者

　柚香が目を覚ますと、ショッピングモールにいた。手には紅く染まったナイフを握っており、洋服にもまだ乾いていない赤い液体が付いていた。

　「なにこれ…」全く思い出せない。私がやったのだろうか、それとも何か事件に巻き込まれたのだろうか？それ以前に何故ショッピングモールにいるのだろうか。

　私はひとまず、誰か探すことにした。ショッピングモールは静寂に包まれていて、「誰かいませんかー」という私の声が反響して返ってくるのが不気味に思えた。足取りが速くなる。

　エスカレーターまでたどり着くと、前のベンチに誰かが座っていた。

　「あの、すみまっ」思わず息を飲む。目の前の男性には目が無いのだ。まるで血の涙を流しているようにみえて、不安になる。何か恐ろしい化け物がいるのだろうか。足音を殺し慎重に足取りを進める。

　エスカレーターの前に来たのは良いものの、果たして、エスカレーターに乗るべきなのだろうか。もしかしたら化け物が上階にいるかもしれない、そもそもこの建物内にいるのは確かだ。そう思うと一刻も速くここから出た方がいい気がする。そう思い、出入り口を探すことにした。

　出入り口に近づくと、微かに音が聞こえた。私はそば耳を立てる。すると「どうしよう」「ドアも破れない…」「騒がしくしたらまた…」という声が聞こえてきた。もしかしたら、人間？そう思うと、いてもたっても居られず出入り口の方に早足で向かう。

　私の存在に気づいたのか、一斉に振り向く。だが、その反応は私の思ったものとは違った。「ヒッ」若い会社員がそう悲鳴を上げる。女子高生が尻もちを付く。警備員は警棒を投げて走り去る。それにつられて、みんな居なくなってしまった…。

　「待ってよ!」思わず大きな声が出てしまう。気づけば、彼らを追っていた。

　彼らは、何から逃げているのだろうか…。そこでようやく気づく。私からだと。「じゃあ、これは私がやったことなの」そう気づくと途端に周囲の景色が一変する。ショッピングモールは既に冷たくなった人がバタバタとあちこちで倒れていたのだ。埃やひびが目立つ床に、塗装がハゲかけの壁、真っ暗な店内は、ここが廃墟なのだと物語っていた。

　「アハハ、アハハハハハ」笑いが止まらない。私は彼らと鬼ごっこしたかったんだ!

　なんだか、とても楽しい気分になる。私は逃げ遅れた女子高生を捕まえてナイフをサッと一振する。会社員の男性は、子供を庇って倒れる。赤い液体がポタポタと倒れた少女の頬を濡らす…。

　訳が分からない…。私は一体何がしたいのか。よく分からないからか、こう望んでいたのか、身体が勝手に動く。普段の私ならこんな運動神経よくないのに。そう客観視する内に、また逃げられてしまった。

　「フフ、待ってよー」口角が上がる感じがした。そんな中、次のターゲットを見つける。黒い喪服を身にまとった男性だ。彼は逃げるどころか、動じることもなく、ただ私を見ていた。なにを考えているのか分からない無表情にイラッとくる。そんなに戦いたいの？面白いじゃない。

　あえて、歩いて向かう。どれだけ近付いても微塵も動かないので、どういう動きをするのか掴めず不安になる。

　「…。な！」気づくと間合いを詰められていたらしく床に背中が付いていた。ヒンヤリとした床の冷たさと、衝撃が私の行動を遅らせる。

　男は意図も簡単に手首をひねる。反射的に私のナイフは手から滑り落ちていく。ナイフを掴み直そうとするが、仰向けに倒れたせいで上手くいかない。挙げ句に打ち所が悪かったのか身体が痺れてきた。

　イライラしていると左腹部に激痛が走る。目線を下に写すと、その男は私の腹部に噛みついていたのだ。激痛が走り身体をじたばたと動かす。

　しかし、それが奇跡的にナイフの持ち手の感触を手に感じさせた。咄嗟にナイフを手にし、男の腹部に刺した。男は一瞬驚いた顔をし「なざ動ける…」という言葉を残し倒れた。

　「だからいったのに…」その直後だった。まるで嘲笑するかのように上ずった声がしたのは…。激痛に耐えながらも身体を起こし、真っ直ぐ前を見る。すると、こちらに気付いたのかか、にたりと笑うやつがいた。

　もう勘弁…そう思い目を閉じた。

　次に目を覚ますと、自分の部屋に居た。柚香は「夢かー」と安心しつつ不安になってお腹を見る。「なにこれ」丁度左腹部に噛みつかれた後があった。「どういうこと？」と、手元に目を移す。そこで爪の間が真っ赤になっていることに気づく。これは、夢なのだろうか？それとも…。

　この日から、柚香は不思議な体験を頻繁にすることになるのだった。