文武両道のために
投稿者:件の首 (54)
これは職場の先輩から聞いた話だ。
大学時代、先輩はウエイトリフティング部に入っていた。
かなりの強豪で、国体でもそれなりの成績を納めていた。
その年、Aという新入部員がいた。
テクニックはないものの良い体格をしており、2年目には国体出場のための強化選手にも選抜された。
Aの他に強化選手に選ばれたのは、同級のBだった。
Bは競技者だった親から、英才教育を受けていたエリートだった。
一緒に強化練習を行うBは、Aの成長ぶりに疑問を抱き始めた。
結論から言えば、Aは禁止薬物を使用していた。少なくとも、国体ではレギュレーション違反だった。
Aの薬物使用に気づいたBは、Aに出場辞退するよう話した。
だが、薬物使用は実業家だったAの父の意向だった。「文武両道の息子を持つ父親」であろうとして、Aに虐待まがいの教育を課していたのだ。
そんな事をすれば父にどれほど叱られるか分からない。恐怖に駆られたAは、Bをダンベルで殴って殺害した。
だが父が、Aの殺人を隠蔽した。
Aには間もなくBの声が聞こえ始めた。
眠れなくなり、衰弱していくAを、父は叱咤するが効果は最早なかった。
そして、恐らくAはふと、解決法を思いついた。殺人を犯した人間特有の思考だった。
異様に肥大化した筋肉は、怒鳴る父親の首をへし折るのに充分過ぎた。
発見されたAの父親は、絞られた雑巾のように原型を留めていなかった。
このエピソードは、途中からAの主観だ。
実際には、Aは入部してすぐにオーバードーズで入院、退部した。
血中から検出された薬物は、研究段階のもので、僅かな効果と引き替えに強い幻覚を引き起こす欠陥品だった。
退学前に挨拶に訪れたAは、これらの話をした。
先輩は、Aと関わりは薄かったが、父親を殺すくだりを話すAの、妙に嬉しそうな顔は覚えているそうだ。
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