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ヒトコワ

件の首さんによるヒトコワにまつわる怖い話の投稿です

文武両道のために
短編 2022/09/26 21:55 1,674view
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 これは職場の先輩から聞いた話だ。

 大学時代、先輩はウエイトリフティング部に入っていた。
 かなりの強豪で、国体でもそれなりの成績を納めていた。

 その年、Aという新入部員がいた。
 テクニックはないものの良い体格をしており、2年目には国体出場のための強化選手にも選抜された。
 Aの他に強化選手に選ばれたのは、同級のBだった。
 Bは競技者だった親から、英才教育を受けていたエリートだった。

 一緒に強化練習を行うBは、Aの成長ぶりに疑問を抱き始めた。
 結論から言えば、Aは禁止薬物を使用していた。少なくとも、国体ではレギュレーション違反だった。

 Aの薬物使用に気づいたBは、Aに出場辞退するよう話した。
 だが、薬物使用は実業家だったAの父の意向だった。「文武両道の息子を持つ父親」であろうとして、Aに虐待まがいの教育を課していたのだ。
 そんな事をすれば父にどれほど叱られるか分からない。恐怖に駆られたAは、Bをダンベルで殴って殺害した。
 だが父が、Aの殺人を隠蔽した。
 Aには間もなくBの声が聞こえ始めた。

 眠れなくなり、衰弱していくAを、父は叱咤するが効果は最早なかった。
 そして、恐らくAはふと、解決法を思いついた。殺人を犯した人間特有の思考だった。
 異様に肥大化した筋肉は、怒鳴る父親の首をへし折るのに充分過ぎた。
 発見されたAの父親は、絞られた雑巾のように原型を留めていなかった。

 このエピソードは、途中からAの主観だ。
 実際には、Aは入部してすぐにオーバードーズで入院、退部した。
 血中から検出された薬物は、研究段階のもので、僅かな効果と引き替えに強い幻覚を引き起こす欠陥品だった。
 退学前に挨拶に訪れたAは、これらの話をした。

 先輩は、Aと関わりは薄かったが、父親を殺すくだりを話すAの、妙に嬉しそうな顔は覚えているそうだ。

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