もしも財布を拾ったら
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
普通のマンションと違ったのは、部屋の隅に事務机と椅子、書類を綴じているファイルが本棚に並んでいる事だった。
言われるままソファに座ると、対面にはヒゲが座った。メガネは事務机でパソコンを立ち上げた。
キョロキョロと部屋の様子を伺う俺をなだめるようにヒゲが話を始めた。
「まずは、ご足労いただきましてありがとうございます。」
丁寧に挨拶をすると
「それと、今から私が話すことは絶対に他言無用でお願いします。」
「他言無用…ですか。」
「もしこれを誰かに言ってしまったら、研究所としてはデータが取れないのです。それと…。」
「…『それと』何ですか。」
「あなたが財布からお金を抜き取った『窃盗犯』として警察に通報します。」
「ということは、黙っていた方がいい、あなたたちとは会った事もない、という事にした方が得策だと?」
「あなた自身を守るためにも、絶対に誰にも言わない方がいいのです。」
メガネはデスクで俺とヒゲのやり取りをパソコンに入力している。ヒゲは話を続けた。
「本題に入りましょう。私どもの研究所では、ある大学と、そして警察と協力して、犯罪にまつわる心理学といいますか、人間の行動を研究をしています。ある名簿からランダムに選ばれた方を対象に、いわゆる『社会実験』を通して、犯罪を未然に防いだり、犯罪を犯したその後の様子や行動を研究をしているのです。」
「それに俺が選ばれた?」
「その通りです。」
「という事は、何度も財布を拾ったのは偶然ではなかった、という事ですか。」
「その通りです。しかし、今回に限って、あなたは財布からお金を抜き取りましたね。」
「それは…、申し訳なかったです。お金に少し困っていたので…。」
「存じております。あなたが現在無職で失業保険がまだもらえなていない事もです。」
「…本当に俺はランダムで選ばれた?」
「どういう基準で選ばれたのかは研究所の幹部しか知らないので、私どもは指示に従って研究しているだけです。」
「そうですか…。」
少し重い雰囲気になったせいか、ヒゲが話題を変えた。
「そう言えば、時々、ごみ収集の清掃員が箪笥の引き出しとかゴミ袋の中から札束を見つけた、なんてニュースを聞いたことありませんか?」
「ああ、ありますよ。最近だとどこかの用水路に1万円札が何十枚も流れていて皆で拾ったってニュースが…あ!」
「…察しがいいですね。ああいうのも我々が仕掛けた事です。お札を懐に入れた人を追跡しました。」
「確かに、見つかった紙幣はほとんどが回収されたって言ってたけど、回収されなかった分があるって事ですかね。」
「それを懐に入れた人もいるもんですから、今のあなたと同じように『話し合い』をしたんですよ。」
「話し合い…ですか。」
最後草
面白かった。