一人暮らしの代償
投稿者:N (13)
しかし、焦りから手元が狂い、手から滑り落ちてしまうスマホを大口を開けて追いかける。
ガタンと音を立てベッド脇に落ちたスマホを身を乗り出して拾おうとした矢先、ちょうどスマホに手を伸ばした視界に、あの足が瞬間移動したかのようにそこにあったのだ。
恐怖から完全に覚醒した俺は、顔をあげ、この足の主を確かめる勇気がどうしても出なかった。
震える手でその場に転がるスマホを操作し、ラインを開き友達との通話を操作するが、そのすぐ前にいる足は毛虫のようにゆっくりと近づいているのがわかる。
早く出てくれ、心の中でそう願った。
『おう、もしもし』
友達の声が聞こえた瞬間、俺は歓喜に満ちた表情を浮かべ助かったと思ったが、眼前の足が横へずれたかと思うとスーッと黒い長髪が垂れ、腐敗したように爛れた顔が俺の顔を覗き込む。
俺は硬直し、その顔と対面したまま動けなかった。
『おーい、どしたー?』
友達の明るい声が唯一の救いだが、俺は声を出すこともできない。
恐らく女性の顔であるそれは、黒目をギョロギョロと動かし、腐敗して裂けた口から犬のように長い舌をだらしなく垂らしている。
時おり床に付着する体液が蛇口から滴るの水音と馴染み、メトロノームのように規則的なリズムを奏でていた。
『うわ、何やってんだお前!』
すると友達の声色が変わり、俺の硬直が緩和したのか、スマホに目を向けることができ、画面を覗く。
そこにはいつの間にかビデオ通話状態の画面が写し出されていて、驚愕する友達の顔と、俺の現在の姿が写し出されていた。
部屋は暗いがスマホの明かりで僅かに認識できる俺は血だらけで手元に包丁を持っていた。
画面には写っていないが、女が俺の腕を握り、そして、包丁の刃を頬に充てるとスパッと切り裂いたのだ。
そこまで深手でないにせよ、血が滲み滴る様子は、眼前の女のように見える。
『おい、やめろって!』
友達の静止を前にしても俺は声も出せず、且つ女に体を動かされるままに、身体中に切り傷を入れられていく。
アアアアアア…
口が裂けているせいか、それとも舌が伸びきって垂れているせいか、女の口の奥から掠れた笑い声のようなものが聞こえてくる。
そして、俺は女に体を動かされるまま喉元に包丁の鋒を突き立て、その瞬間友達が一段と声を張り上げた。
『バカ!○○!やめろっつってんだよ!』
プツン
通話が切れたのか、はたまた俺の中で何かが切れたのか、俺の意識が遠ざかる。
それからどのくらい時間が経ったのか分からないが、けたたましく玄関を叩く音と複数の男の声が聞こえて目が覚めた。
うつらうつらと玄関まで歩きドアを開けると、驚いて戸惑う表情を浮かべた警官が二名佇んでいて、何かジェスチャーを始める。
「そ、それを、置きなさい」
警官の目線を辿り、俺の手元に包丁が握られていることに気付き瞬間的に手放すと、金属の弾む音が深夜の屋外に響く。
面白かったけどなんだか不安になる話