一人暮らしの代償
投稿者:N (13)
翌朝、眠気のピークを迎え四六時中欠伸をしながら夜勤明けに大学へ向かう。
その道中、馴染みの駅でスーツ姿の男性がホームから線路に飛び降りようとする場面に出くわした。
たまたま俺の目の前で起きた出来事だったから無意識に男性に手を伸ばし力一杯引き上げようとしたが、どうにも体を引っ張りあげられ俺も線路へ落ちそうになる。
けれど、後ろにいた人達が事態に気づいてくれたのか、何人かが俺の服を引っ張りホームへと引っ張ってくれた。
その直後、快速電車が通過し車両の轟音が耳をつんざく中、俺はどっと吹き出したアドレナリンを抑制しながらも男性の姿を探すも既に立ち去ったのか何処にも居ない事に気づく。
「兄ちゃん、あぶねえだろ」
「いや、俺は……」
恐らく俺を助けてくれたであろう恰幅の良い男が俺の肩を掴み怒鳴る。
周囲の視線が俺に集中しているのもあり、俺は何か勘違いが生まれている事を悟りながらも弁解する雰囲気じゃないと思い、男を中心に謝罪することにした。
男は、俺が自殺しようとしたと思っているらしく、渋るように喉を唸らせた後、「生きてりゃ良いことあるぞ」と叱咤激励する。
その後も現場に居たおばちゃんとかにも励まされたが、俺は別に自殺を試したわけじゃないから曖昧に返答をしてやり過ごした。
お陰で電車を一本遅らせる事になり、講義を遅刻したわけだが、不思議とスーツ姿の男性のことは頭から離れていった。
午後、昼食後に図書室に行くと友達と遭遇しレポートの課題を一緒にやっていた時、
「お前、なんか寝不足か?隈酷くね」
と言われ、トイレの鏡で確認したらうっ血したような紫色の隈が出来ていた。
ここまでくっきり浮き出たのは初めてだったが、もしかしたら早朝の駅での出来事もこの隈のこともあり自殺を疑われたのかもしれない。
夕方、今日は夕勤なので17時からバイトに入り、22時には退勤して帰路につく。
久しぶりに六時間は眠れそうなのでかなり嬉しかったが、相当疲労が蓄積していたのか、帰宅後に死んだように眠ってしまった。
気がつくと闇の中で自分の寝息だけが聞こえていた。
電気を消した覚えはないが、うつ伏せの状態から顔を上げると見慣れない障害物が視界を遮る。
おかしい。
ベッドの上位置にはベランダへ通じる窓ガラスがあるはずで、棚なんて置いていなかった筈だ。
半覚醒状態の目を擦り、再び眼前の障害物を見やると、それが人の足、脛のあたりだと気づいた。
途端、激しい耳鳴りが脳内に響き、俺は頭をおさえる。
眼前の足が僅かに前へと動き、俺は反射的に上擦った声を漏らし、脛の下、素足の指へと視線を落とす。
ひび割れ黒ずんだ爪と、泥のように汚れた足。
大きさ的に女性だろうか。
それがまた数ミリと動く。
心臓の鼓動の音がよく聞こえてくる。
俺は枕元に置いてあったスマホを手繰り寄せ、とにかく友達に連絡をつけようとラインを開こうとした。
面白かったけどなんだか不安になる話