奇々怪々 お知らせ

不思議体験

kanaさんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

【悲報】町中華、閉店のお知らせ
短編 2023/10/02 00:07 5,399view
15

世の中に飲食店は数あれど、腕のよい「町中華」ほど、グルメを魅了する店は他にない。
チェーン店なんかでは出てこない、信じられない驚きのうまさがそこにある。そんな店に1店でも出会うことができれば、それはもう人生の幸せのひとつを手にしたも同然と言える。

しかし、悲しいかな、そのひとつが閉店することとなった。

その晩は、お世話になった会社同僚らと一緒にお店の最後を締めくくるべく、「さよなら会」が開かれた。商店会の人や近所の人らも飛び入り参加で、狭い店は大勢の人間でごった返し、熱気と笑いと、歌と涙が交差していた。ビールは飛ぶように売れ、店の在庫のラオチュウはすべて空になった。これが最後だ。これでいい。

店内には、店主のオヤジが大好きな競馬のカレンダーが3枚も張られており、それ以外の所には黄色い紙に料理名と値段が載った手書きの『お品書き』が所狭しと貼ってある。
黄色・・・と言ったが、それはもう何十年もそのままで、変色した黄色をしていた。

ボクは広告宣伝の仕事をしていた関係もあって、何度か新しいのに替えませんか?と店主に聞いたことがある。日ごろのお礼もかねて「ボクが無料でお作りしますよ」と言ってみた。
ついでにキレイな料理の写真も撮って「キレイなお品書き、作りましょうよ!」と誘ってみたのだが「いや、けっこう。このままで良い」とのお返事。

消費税8%になりましたけど『お品書き』を替えるチャンスでは?・・・「いや、いい」
消費税10%になりましたけど・・・「いや、いい」

なんか税込み価格表示にする法令ができましたが・・・「いやこれが税込み価格だ」

結局ボクがこの店に通い出してから20年がたっても『お品書き』は変えられることなく、とうとう今日を迎えることになった。そう思うと、ボクもこの店と一緒に歳を取った。改めて見ると『黄色いお品書き』はお店の年輪の様で、これはこれで良かったのかな、と今にして思う。まぁ20年以上も値上げせずにやって来た店主のオヤジには頭が下がる。

この分厚く柔らかいトンカツも、旬の野菜が入った炒めも、手作りの大きなギョーザも、肉がたっぷりのチンジャオロースーも、突き出しで無料で出てくる店主自家製の漬物も、どれもこれも代えがたい美味さで、長い月日を店主のオヤジと共に歩んできた。
それらとも今夜でお別れ、食べ納めである。

「宴もたけなわではございますが・・・」恰幅のいい部長が「さよなら会」の〆に入る。
「じゃ、おやっさん、最後の〆の挨拶、よろしくおねがいします」
「えぇ~俺、挨拶すんのかい?? えぇ~~聞いてないよぉ」笑いが起こる。

厨房の奥に引っ込んでいるオヤジを引っ張り出すかのように拍手と「オヤジコール」が連呼される。奥から恥ずかしそうに出てきたオヤジは、腰の小さな前掛けを外しながら小さく頭をさげた。

「みなさん、これまでご愛顧くださり、本当に感謝しています。店を開いて35年。寄る年波には勝てず、引退を決めさせていただきました。本当にありがとうございます」

そう礼を言うと、一同をしばらく見まわして・・・

「ランチ以外のメニューを言われたときに『めんどくせえなぁ』とか言ってゴメンネ・・・あと、行くよって電話貰って、料理名も聞いてないのに勝手に人数分料理作っておいたりしてゴメンネ・・・あと、競馬やってるときはそっちに夢中になっちゃってゴメンネ・・・それから」

「まだあんのかい!」と途中でツッコミが入る。

「あれだ、チンジャオロースーが人気過ぎて、ランチの間にピーマンが無くなっちゃって、ピーマン抜きのロースー丼出しちゃってゴメンネ!」

「ぎゃはは」と笑いが起きる。
「全部美味しいからオッケーだよ!」とフォローも入る。
みんな実際に体験してきたことばかりだ。

「この店は最初女房と一緒に始めた店でね、最初は苦しかったけど、女房のやつが手書きでどんどん『お品書き』書いて貼って行くから、メニューもどんどん増えてね。こっちも必死でレパートリー増やしてさ。スピードも命だから練習もたくさんした。それでどうにかこうにかお店をやって来れてね・・・でも開業して10年目くらいかな・・・女房のやつが病気で亡くなっちまってね、あんときは本当にもう、店、閉めようかなと思ったんだけど・・・」

店主が店の中をぐる~っと指差してみせた。

「ほら、この女房が書き残した『お品書き』に囲まれてさ、ここに女房がいるって感じてから、また頑張れるようになったんです。だからね、オレは台所に立つ時も、いつも一人じゃなく女房と一緒に働いてたんです。ここ25年は女房の幽霊と一緒に働いてたみたいなもんなんですよ」

そう言うと店主は厨房の方にいったん下がって何かを持って来た。
それは小さな額縁に入った奥さんの遺影だった。
とても中華の台所にあったとは思えないほどきれいに磨かれていた。

1/2
コメント(15)
  • kamaです。連投みたいになってほんとスイマセン。
    自分にとって記念すべき第100話目は、この「町中華、閉店のおしらせ」とさせていただきました。
    せっかくの100話目なのに、画像添付失敗しましたw

    あと、かなりあキッズ様がタイトルに【朗報】を出されてたので、その流れに乗ってボクは【悲報】とさせていただきました。ごめんなさい~! 迷惑だったらはずしますんで言ってください~。

    あ~~奇々怪々さんで、100話も書けてうれしいです~~~~!!

    2023/10/02/00:17
  • 100話おめでとうございます。
    そしてありがとうございます。
    今回は、怖い話しでは無かったけれどとても素敵な話でしたね。

    2023/10/02/02:35
  • 途中でどんでん返しがあるのかと思って、ビクビクしながら読みました
    最後まで良い話、これはこれで良かったです

    2023/10/02/10:23
  • 100話おめでとうございます
    腕上がってますよ。 真美

    2023/10/02/12:06
  • 100話おめでとうございます~!地方在住ですが、大手チェーン店ばかりが増える一方、個人店が減っています。

    2023/10/02/16:51
  • kamaです。コメントありがとうございます。
    ↑個人店が減るのは寂しいもんです。これからインボイス制度でなおさら個人減るかもですね。
    ↑2真美たんありがとう~本当?腕あがってんの~?
    ↑3アレですね「絶対なんか来る絶対なんか来る絶対なんか来る・・・来ないんかーい!!」ってやつ。個人的には好きですw まぁ実話なのでご勘弁。
    ↑4いつもご覧いただきありがとうございます。おかげで100話まで来ました。これからもよろしくです。

    怖くないとわかったところで、今夜はじっくりと大人の怪談ってことで、ゆっくり読んでくださいませ。

    2023/10/02/19:36
  • kamaです。
    もう1日たってからなんなんですが、最後の一文をちょっとだけ修正しました。
    「澄んだ夜空にオリオン座が輝いていた」→「澄んだ夜空にオリオン座が瞬いていた」に変更しました。理由としては「輝いていた」の終わり方は以前「よりこちゃん」のお話のラストで使ったことがあるのと、最後は主人公が上を向いて歩いてたわけで、それはつまり涙がこぼれないようにという意味ですから、その瞳で見た星は輝くよりも瞬くの方がお似合いだと思ったからです。というわけでラストちょっとだけ修正しました。

    2023/10/02/21:14
  • 100話おめでとうございます!
    kamaさんのお話、毎回楽しみにしています。怖い話ばかりじゃなく感動もあったりですごく好きです。
    これからもたくさん読ませてくださいね!

    2023/10/03/00:45
  • 100話記念カキコ

    2023/10/03/12:45
  • ↑kamaです。なつかしいですね、それ。
    ↑2嬉しいコメントありがとうございます。それだけでご飯5杯は食えます。

    2023/10/03/18:12
  • どうすんねん、中華食べたくなったじゃないか!

    とても良い話でした。
    百一話目楽しみにしてます

    2023/10/04/11:58
  • ↑kamaです。コメントありがとうございます。今晩は中華にしますか?
    ボクは初めての中華店に行ったら、だいたい天津飯を頼みます。天津飯はご飯や卵の使い方はもちろん、あんかけが醤油ベースかトマトベースかで大きく分かれるので、好きな味かどうかよくわかります。ていうか天津飯が好きなだけかもですねー。次もまたお楽しみにー。

    2023/10/04/18:33
  • 100話おめでとうございます。ホッコリしました。

    2023/10/04/20:54
  • ↑kamaです。読んでいただきありがとうございます。たまにはいいですよね、ホッコリも。

    2023/10/05/05:51
  • 大変ええ話でした。次は200話を目指して下さい。

    2023/11/04/15:31

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。