後ろを見ることが出来なかった
投稿者:羅雀 (1)
この話は「何かを見た」とか「不思議な音を聞いた」というような具体的なものではなく、そこに至るまでの過程や季節、その場所の環境や雰囲気によって私が『後ろを見ることが出来なかった』話です。
今から15年ほど前、当時の私は滋賀県の大学に入学したての1回生でした。
通っていた大学は実家から遠かった為一人暮らし。
家賃の安さで選んだアパートは大学まで少し遠かったですが中学高校と自転車で片道10km程の距離を通学していた事から、最初のうちは自転車で通学し車の免許を取ったら原付バイクでも買えばいいだろうと考えていました。
大学での新生活と、なかなか取れない教習所の予約、新しい体験が次々と舞い込んでくる春はあっという間に過ぎ、少し汗ばむ初夏になりました。
新生活も落ち着いてきたので一度会わないかと、京都の大学へ進学した高校時代の友人に連絡を取りました。
電話口での友人はどこか歯切れが悪く、また今度会うということでその時の電話は終わりましたが、その日の夜「やっぱり会うか」と友人から電話があったので急遽会うことになりました。
友人の住んでいるアパートにはまだ行ったことがありませんでしたが滋賀と京都を結ぶ国道1号線沿いだからすぐわかるということで
夜の7時に出発し片道90分の道のりを自転車で京都へ向かいました。
京都までの道のりは本当に簡単で、国道1号線に出てそのまままっすぐ進む、ただそれだけです。
中央分離帯で分けられた片道2車線の道路をただ進むだけ、場所によっては自転車も通行が出来る歩道が片方にしかない道ですがそれも山を越えるほんの一部だけでした。
問題が起きたのは京都の山科区から東山区へ抜ける時です。
この場所は京都盆地の外縁部にあたる山を超える部分となっており国道1号線は山を越えるためトンネルの中を通って行きます。
しかしトンネル内に歩道はありませんでした。
また、このトンネルへ入る手前の部分で歩道は対向車が来る側だったのでそのままトンネルに入ると対向車と接触してしまう危険性がありました。
「どうするかな」と悩みながらもとりあえずトンネルの入り口まで移動すると「東山方面、歩行者」と書かれた看板がありトンネルの横に続く道を示していました。
「なんだ、歩行者用の道あるじゃないか」と胸をなでおろしながら歩行者用の道を進みます。
その道には街灯は無く、トンネルからどんどん離れ、山の中へ入っていきます。
時刻は夜の8時頃、自転車の電灯だけで山の中に入っていくのは少し気が引けましたが他に道が無いので進むしかありません。
看板から緩やかにカーブする上り坂を100m程進んだ所で歩行者用のトンネルが姿を現しました。
それを見た時、私は急ブレーキをかけ、立ち止まってしまいました。
トンネルの外壁はレンガ作りになっており、トンネルの名前が掘られた石がはめ込まれていました。
それらはすべて苔や雨染みで変色しており、とても綺麗とは言えない状態。
トンネル内部は直線で薄暗い緑の照明が間隔広く点々とついており、トンネルを抜けたであろう先は何も見えずまっ暗闇でした。
今まで自転車を漕いでいたため、体は汗をかき体温はかなり高かったはずです。
しかしその場所の標高の高さ、木々が生い茂り昼でも日が当たらない場所、トンネル内の冷たいコンクリートに冷やされた空気。
トンネルの持つ独特な雰囲気と、目的地に着くためにはここを通るしかないという様々な状況からでしょうか、全身を寒気と鳥肌が覆いました。
この時私は『後ろを見ることが出来なかった』。
「後ろを見るのは嫌だ」という気持ちと
「このトンネルに背中を向けるのは嫌だ」という2つの感情からだったのでしょうか。
それとも予感的な何かがあったのでしょうか。
帰りはどうしたのでしょう。