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心霊

すだれさんによる心霊にまつわる怖い話の投稿です

「ねぇ、ねぇ」
長編 2022/02/27 04:04 2,378view

付き合いの長い友人の話。
彼女には昔から「生きていない存在」というものが見えていてた。好奇心の強かった彼女はアレは何、何で浮いてるのと指を差しては父を苦笑させ母の眉間に皺をつくっていた。
「見えている事を気づかれるな。あれは決して解り合えない」
両親に見えているモノを否定はされなかったという。どうやらその体質は母の家系から譲られたものらしく、しかし幼い頃は口酸っぱく注意された。年を重ねるにつれそれらが「奇妙な隣人」であって「友達」ではないと理解する経験が増え、今は知人でも僅かしか知らない程にその体質を隠すようになった。この話はそんな彼女の、「理解はし合えない」と悟った経験のうちのひとつである。

友人が学生時代、家族と隣町のモールに買い物に出かけた時の事。母の運転する車に乗り海沿いの道を走っていた。助手席に友人、後部座席には友人の妹が乗っていて、車内には家族が共通で好きなアーティストの音楽と話し声が弾んでいる、楽しいドライブの光景だった。
自宅から目的地まで片道1時間、流れる曲に合わせて鼻歌を口遊んでいた友人はふと海側の道、砂浜の方に目をやった。シーズンであれば海釣りやサーフィンに興じる人がいるよな、と深くは考えずに見るとそこは砂浜ではなく荒々しく尖った岩に波が打ち付ける岩場だった。
「お母さんこの辺り浜じゃなかったっけ」
「……もう少し先だよ、この先のトンネル抜けた先」
「ああ、」
そうだったかと友人は姿勢を正した。左手に水平線、右手に線路と山ばかりの景色ではどうも地理的な感覚が曖昧になる。随分昔に作られたのだろう、赤い鉄骨がむき出しになりその隙間から海の景色が覗くトンネルはまだ見えてきていない。母の返答に変な間があったのには後々この事を振り返って気づいたという友人は、この時ぼんやりと岩場とトンネルについて考えていた。

(そう言えばあの岩場は釣りやサーフィンとは別のスポットとして有名だったな)
(あのガードレールの所から真下に……事故も多いけど自分から、ってケースも)
「……ねぇ」
(今までに何人って言ってたっけ、あの岩場に飛び降りたの)
「ねぇ」
「ねぇ、ねぇ」
(波が身体を攫ってしまって中々見つからなくなるって聞いて)
(そう、確か報道があったっけ)
「ねぇ、ねぇ、ねぇ」
「ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ、ねぇ」

(丁度この先のトンネルの下あたりの崖で)
(子供を巻き込んで)
「ねぇってば」

「!ッごめん考え事してた!てか呼びすぎで…しょ……」
思考が戻される感覚の後、友人は反射で振り返った。右耳のすぐ後ろの方から聞こえていたから、てっきり後部座席に座る妹が話しかけていると思った。だから友人は、携帯を弄り疲れて寝てしまっている妹を見て言葉を詰まらせてしまった。

「聞こえてる?」

耳元でひたすらに「ねぇ」と壊れたように繰り返す声は母にも妹にも似つかない、海水に浸して冷え切ったような、聞くほどに凍えるような感覚を与えられる声だった。
振り返った姿勢で硬直する身体。この声に答えてはいけない事だけは本能が悟り、ガチガチと震える口はかたく噤んだ。その間にも応答を求める声は止まず、何なら車の中に磯の香りが充満していくような感覚すらする。妹に合わせていた目線が霞み始め「マズい」と思うのとほぼ同時に、隣の運転席から名前を呼ばれた。

「……お母さん…」
「ちゃんと座って。運転中だから危ないよ」

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