猫に小判
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
金庫の中には立派な桐の箪笥がはめ込まれていた。
引き出しは3段あり、上の2段には小さなものがふたつずつ、一番下には大きな引き出しが一つあった。
桐の箪笥は防虫や防湿、気密性に優れていると聞いたことがあるが、それを一切無視したかのような臭いだ。
その発生源は、大きなシミがある一番下の引き出しであることは明らかだった。
僕は換気のため、庭に面した大きな窓やふすまを全て開け放って庭を見ると、庭石の上で近所の猫が1匹こちらを睨んでいた。
30分ほどした後、ある程度臭いも弱まり、また全員が金庫の前に集合した。
皆はさっきまで使ってなかったマスクやハンカチ、タオルなどを各自で持ち寄って、これ以上臭いをかがないようにしていた。
収録が再開されると、番組の約束事で、父が上の引き出しから開けていく。
一番上の段の左右の引き出しは空だった。
父は上から2段目の左の引き出しを開けた。
中には、何の動物かわからないが、皮革でできた表紙に「〇〇教 経典」とある、A5サイズほどの大きさの冊子が入っていた。
それを見た祖母は思わず
「そうそう、これよこれ、夫が熱心に読んでいたやつよ!」
と言ったが、タレントは金庫から漂う臭いのせいで早く収録を終わらせようと、父に引き出しを開けるように催促した。
父は続けて、右の引き出しを開けた。
中には、水引の付いた立派なのし袋がふたつ、比較的新しいものと少し古びた物が入っていた。
父は、そのうちの新しい方を取り出すとズシリと重みを感じ、骨董商を呼んだ。
封を開けると、丁寧に和紙に包まれた、薄いが重みのある板状の物だった。
父が和紙を解いていくと、その中身は「小判」だった。
もう一つの古い方も開けてみると、これにも小判が入っていた。
小判を骨董商に見せたところ本物で間違いなく、2枚なら高額になる可能性があるらしい。
ただ、骨董商も本当に小判が出てくるとは思ってなかったようで、これは後日再鑑定することになった。
この番組で小判などの高価なものが出る事は珍しいらしく、タレントはこれ以上ないくらいに興奮していた。
そして一番下の引き出しを父が開けようとすると、庭の方から激しい猫の鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声が音声に混ざってしまうという事で一旦収録は中断された。
庭を見に行くと、そこには10匹ほどの猫が集まっていて、金庫に向かって一斉に鳴いていた。
それはまるで、何かに抵抗を示すような、鳴くというよりは、攻撃的に吠えてるという感じだった。
その様子から、これはただ事ではないという事を察知したが、僕はそれを無視してすべての窓や襖を閉めた。
収録が再開され、父は一番下の段の引き出しを開けると、腐敗臭は一層強くなった。
僕はとっさに部屋の中央に何枚もの新聞紙を急いで広げると、その上に父は引き出しを置いた。
皆は引き出しを覗き込むように見ていたが、その匂いのせいか、誰かのえずく声が聞こえてきた。
おとうさん、上手いこと言ってる場合か?