猫に小判
投稿者:キミ・ナンヤネン (88)
引き出しの中には長さが約30センチ、幅が15センチほどの黒いビニールに包まれた「何か」が2つ入っていた。
一つは、乱れも無くきれいに包まれていた。
しかし、もう一つは内側から鋭い爪状の物で引き裂かれたように破られていた。
破れてわずかに開いている隙間からは、黒くてドロリとした液体が引き出しに漏れ出ていた。
桐の引き出しに染み込んだこの液体が、腐敗臭の原因だった。
父は、思い切ってその破れたビニールを大きく開き、中を確認した。
その中身は、変わり果てた姿の「猫」だった。
桐の引き出しがほとんどの体液を吸収し、その特性から乾燥も進んでいたらしく、ミイラ状と言っていい状態だった。
その姿は、ほとんど骨と皮しか残ってなく、その内臓や筋肉が溶けて無くなっているのは一目瞭然で、ほとんど体積が感じられなかった。その皮膚にはまだ体毛がうっすらと残っていた。
大きく口を開けた猫のその表情から、見るからに苦しんで死んでいったと見て取れた。
一人の女性のテレビスタッフはそれを見て悲鳴を上げた後、トイレに逃げ込んだ。
カメラマンはひとまずその「猫」を撮影すると、また収録が中断された。
もう一つのきれいに包まれた方は、もはや誰も中身を確認しようとはしなかった。
今度の中断は長いものになりそうだった。
祖父の事を良く知っている番頭さんは、さっきの経典を手にして読んでいた。
それを見ていた祖母が、何が書いてあるのか尋ねた。祖母はその中を知らないみたいだったので、番頭さんは次のように要約してくれた。
願い事を叶えたい、あるいは仕事で成功したいのなら、次の事(儀式)を行う事。
1 生後数か月の猫を捧げもの(生贄)とし、外から見えないように黒い布か何かできれいに包む事
2 捧げものと同時に、財産の一部をのし袋などに入れ、猫と一緒に誰からも見えない所にお供えする事
3 お供えした財産の額によって、その願いが叶う可能性が高まる事
といった内容だった。
祖母はそんな話を聞きながらなんとなく古い方ののし袋を手に取り、裏を見ると「昭和〇年〇月〇日」とあった。
「そういえば、ちょうどこの頃から会社の経営が上向いて調子が良くなってきた気がするわ…。」
祖母がそう言うと、タレントが横から入ってきた。いつの間にか撮影が再開されていた。
「ちょうどその時期からだったと思うんですけどね、夫はよく『夢に猫が出てくる』と言ってたような…。」
祖母は続けて言う。
「考えてみれば、この頃から招き猫を飾るようになっていったわね。今思うと、猫の夢を見るたびに招き猫が増えていったのかも…。」
タレントは声のトーンを抑え、こう言った。
「なるほど、猫に対する罪悪感とかで、猫の怒りを鎮めるために、まるで『こけし』のように招き猫を飾るようになった…。」
こけしは、流産や幼くして亡くなった子供の霊を慰めるために作られ、飾られる物だという話がある。
それに倣って、祖父は生贄となった猫のために招き猫を飾っていたとしても何らおかしくはない。
おとうさん、上手いこと言ってる場合か?