カゴを捨てて走った。なんなんだあれは。
あんなのはあいつじゃない。
あいつじゃない。弟はあんな顔じゃない。
玄関を乱暴に開けて、閉める。
“あれ”が追ってきてないことを確認して安堵する。と同時に、自分が息をしていないことに気が付き、深く息をしてその場に座り込んだ。
やけに臭い。排泄物の臭いがする。母か。
母はもう俺がいなければ生きていけない。
どんな形であれ、必要とされるのは心から嬉しい。
今の母は、俺と弟、どちらに介護されているのだろうか。
今日は出前を取ろう。排泄物処理の準備をしながらそんなことを思った。
母はここ20年、愛情を注いでくれた。母の認知上はアキに注いだ愛だったかもしれないが、俺が受け取ったのは紛れもない事実だ。恩返しと呼んでいいものなのか分からないが、介護で還す時が来たんだ。
道具を手に持ち、勇んで居間の襖に手をかける。
強烈な臭いがして、思わず顔をしかめてしまう。
もはや自力で飯も食えず、排泄物も垂れ流してしまう、あんな生き物が母と呼べるのか。どうしても浮かんでしまうその考えを恩返しだと言い聞かせて沈め、
襖を一気に開けた。
どうしてこうなってしまったんだろう。
俺は、俺が今までしてきたことは一体なんだったのだろう。
襖を開けて視界に飛び込んできたのは、
延長コードで首を括った母だった。
「アキのところにいきます」
そう書かれた置き手紙を見て、本当に自分が死んだのだと思った。
俺の声など初めから聞こえていなかったのだ。
悲しむ暇も、呆然とする暇もなく、
【にいちゃーん】
と声が聞こえて、玄関の方から消毒液の匂いがする。
追ってきたのか。
居間の扉を閉めて、寝室に逃げるように飛び込んだ。
とにかく重そうなものを片っ端からバリケードにして、布団を被って震えた。そうするしか無かった。
【にいちゃーん】
【にいちゃーん】



























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