何故か、消毒液の匂いがする。
と同時に、小さい声で発した独り言に呼応するように、
【に……ぁー……】
遠くから聞こえた。聞き取れはしない。だが、それはもう二度と呼ばれるはずのない呼び方なのだろうと分かってしまう自分がいた。
気のせいだ。そんな事はありえない。
介護で疲れているのかもしれない。
スーパーに着くまでの間も消毒液の匂いは消えてくれなかった。声も一定の間隔で聞こえてきた。
気にしないように、いつものスーパーで野菜を選ぶ。
いつもならスーパーはほとんど何の匂いもしない。
それはよく分かっている。
だが、嫌になるほどに、鼻が曲がるほどに、あの匂いはずっと俺の周りだけを漂っている。
思い出される病室のあの日のこと。
乾いた空と、力無く笑うアキ。その顔は。その声は。
それだけが思い出せない。
高鳴る心臓を他所に、遠くからの呼び声がだんだん近づいて来る。ような気がする。
背中に冷たいものが走るのを感じながら、
買うものを急いでカゴに放り込んで、レジに並ぶ。そうすることでしか気持ちを保てなかったから。
いつもよりも、レジの待ち列が長く感じる。
焦る気持ちが心臓を急かす。
いつもは肌寒い程のスーパーの冷房ですら、噴き出す汗を止めるには弱すぎた。
【にいちゃーん】
俺の真後ろで、ハッキリと聞こえた。鼓膜を刺すようだった。
その声は、年齢も性別も分からないような、例えるなら変声機を用いたような声だった。
もう2度とそう呼ばれることはないと思っていたのに。
顔を黒く塗りつぶされた弟が脳裏に浮かんで、
幼い頃の動物園での楽しかった記憶が駆け巡っては消え、パラパラ漫画みたいに弟が体調を崩してやせ細り、死体となっていった。
思わず振り返ってしまったのは、もう一度会いたいとでも思ったからなのだろうか。あるいは……
そこに居たのは、厚く白く塗られた顔に、様々な人間のパーツを福笑いみたいにデタラメに貼り付けただけの”何か”だった。
まるでクリスマスの朝の子供みたいな満面の笑みを浮かべて、俺をただじっと見つめていた。




























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