人間、最後まで残る記憶は匂いなんだって。
そんな感じのことを言っていたあいつは、どんな匂いがしただろうか。
今でも思い出せるのは、病室でのこと。
寒くなった頭を隠すニット帽、
窓から差し込む乾いた冷たい日光、
やけに無機質な点滴と弱々しく微笑むあいつ、
漂う消毒液の匂いが無性に嫌な清潔さで、
そのか細い命すら消されていく気がした。
痛々しさを誤魔化すための限りなく無意味な抵抗として、窓の外を眺めるしかなかった。
「逆に、最初に忘れちゃうのは声なんだって。」
「だから兄ちゃん、俺の声忘れないでよ。」
あの時なんと返答しただろう。
もう20年も前のことだ。
本当に、ごめん。
お前が、どんな声だったか、どんな匂いだったか。
兄ちゃんもう覚えてないんだ。
布団の中で震えながら、数週間前からの出来事を思い返す。
*
*
*
「アキ、おはよう。」
当たり前のように弟の名で呼ばれる。
今更わざわざ訂正することはしない。もうずっと”こう”だからだ。
朝食の準備を済ませ、机に2人分並べる。
今のところ、母はまだ自力で飯を食える。いつか俺が口に運ぶ日が来るのだろうか。
いつも通りの日常。毎日同じことの繰り返し。
ふと目線をあげると、物置と化している仏間の襖が開いている事に気がついた。
しばらく俺はここを開けていない。とすると、母だろう。
妙に気になって席を立ち、仏間の中を覗く。
埃とカビの匂いが鼻につく以外で、中に異常はなかった。
仏間の中、乱雑に散らかったダンボールに紛れている骨壷に視線が向く。弟だ。
























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