「杉崎。大好きだよ」
俺が見た最後の遊佐の表情は、満面の笑顔だった。
「ゆ」っていう一文字しか口にできないくらいの時間。一瞬。その一瞬で、モヤが足首に絡みついた遊佐の身体は、モヤの本体へと思いっきり引き寄せられる。
俺は遊佐の名前すら呼ばせてもらえなくて、空中を飛んでいく遊佐の身体を目で追うことがやっとで、そしてモヤがグニャグニャと広がる中に、遊佐の頭が入り込んでいくのもただ黙って見ていることしかできなかった。
音はしなかった。
ただ、もう遊佐の命がなくなってしまったことだけはわかった。
手も足も、身体中すべてが、遊佐の意志で動いていないことは明白だったから。
そいつは——そのモヤは、まるで遊佐の頭から丸かじりにしたみたいに、そして咀嚼を楽しんでるかのように、頭部がなくなった遊佐の身体を宙に浮かして静止している。
遊佐の身体は綺麗だった。
頭部がなくなっていること以外は、普通の女性の身体だった。
でも、それが遊佐の身体だと言われても、もう誰にも判別はつかないだろう。
首元から下ははっきりと残っているものの、胸元や背中のあたりまでが黒い斑点みたいなもので侵食されているように見えた。
俺は自分の呼吸が荒くなっていることに気づく。
恐怖だ。
怖い。
遊佐が死んでしまったことはもちろん、この正体不明の化け物が次に自分を襲うんじゃないかってことしか頭になくて、俺は怖くて仕方ない。
俺が自分の頭を齧られて悶絶する様を想像して身震いしている内に、遊佐の身体はどんどん小さくなっていく。
あれから何回食されたのか、遊佐はもはや太腿から下しか残っていない。
そして、足の指先までを食い尽くされるのにそれから1分もかからなかった。
ここで俺は、自分の自分勝手さというか、本当に自分のことしか考えてないんだな俺ってやつはっていう自己嫌悪が芽生えてくる。
目の前で遊佐が死んだのに、遊佐の死を悲しむことなく、ただ自分の身を案じているだけだ。
いや、そんなの当然だろ。
次は自分が殺されるかもしれないんだぜ。
怯えないわけがないだろっていう言い訳は、遊佐の死を悲しんでない理由には当然なってなくて、友達の死を悼むことすらしないなんて、男としてどころか人として論外だろとも思う。
「めぐみ……」
傍らで娘の名を呼びながら泣いているのは遊佐母。
そりゃあ娘が死んだら悲しいだろ。多分、この人はきっとそもそも俺なんかよりも思いやりとか優しさを持っているのかもしれない。他人の死を悲しむことができるっていうのは、やっぱり寛容さみたいなものが根底にあるからじゃないかな。
でも、この得体の知れない悪魔を呼び出したのはあんただろっていう正論も俺の中にはあって、じゃあ悲しむ資格なんてないだろと言ってしまうのは酷いのだろうか。
遊佐めぐみという存在がこの世から消失してしまった後、リビングに存在する生命は俺と遊佐の母親だけだ。
一方は泣き崩れていて、一方は諦観したように、なぜかボーっとしている。




























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