奇々怪々 お知らせ

不思議体験

赤さんによる不思議体験にまつわる怖い話の投稿です

さんば
短編 2026/05/11 22:33 29view

[さんばに気を付けて下さい]

その張り紙は町の掲示板に貼ってあった。A4コピー用紙の真ん中に、小さな文字でそれだけが書いてある。写真もイラストも無し。中学校からの下校途中だった私は、そのシンプルさに目を引かれ足を止めた。変な張り紙だな、と私は思った。産婆?それとも、踊りのサンバ?どちらにせよ、気を付けて下さいの意味が通らない。私の知らない方言か何かなのだろうか。そもそも、23区外とはいえ、東京にあるこの町に方言なんて無いのかもしれないけど。

用水路に沿ったこの道は、ずっと先まで際限なく続いている。等間隔で植えられた常緑樹たちは、まるで季節を知らないみたいだけど、毎日同じベンチに座っているおじいちゃんが半袖のTシャツから薄手のロンTに衣替えしているから、秋になったんだなと思う。今、辺りには私と、おじいちゃんと、大きな声を出しながら走っている、あどけない少年たちしかいない。ふと、私は昨日見れなかったアイドルのトークライブのことを思い出し、下校を再開した。この張り紙に書かれた言葉の意味には、納得のいくものを考えつけなかったけど、まあ、なんでもいいか、と思った。きっと私には関係のない張り紙なのだろう。それに、どうせ登下校の道にあるのだから、毎日見ているうちにきっとすぐ見慣れてしまう。

実際、一週間も経つと張り紙を意識することはほとんどなくなった。掲示板を横目で見ることもなくなった。しかし、それは思いがけないところで再び私の意識に入り込んできた。全く同じ張り紙を、中学校で見つけたのだ。

[さんばに気を付けて下さい]

それは各委員会用の連絡掲示板に貼ってあった。図書委員と美化委員用に貼られた張り紙の両者を跨ぎ、上に重なるようにして貼られていて、下にあるふたつの張り紙は、それぞれ右側、左側の4分の1ほどが見えなくなってしまっている。一体誰が、誰に向けて、何のためにこの張り紙を貼っているのだろうか?なんにせよ、他の張り紙を隠していいわけがない。

「ねえ、この張り紙なんだと思う?」

私は近くを通りがかった友達に聞いてみた。

「ん?別に何も…。普通の張り紙じゃん。てかあんた生活委員じゃなかったっけ?なんで図書委員の張り紙なんか見てんの?」

「いや、そっちじゃなくてこれだよ。どう見ても変でしょ。さんばに気を付けてくださいって、何?」

「何言ってんの?さんば?どこにそんなこと書いてあんの?」

見えていない。この子にはこの張り紙が見えていないんだ。友達は別の友達に呼ばれて、いなくなってしまった。もう一度張り紙を見る。なぜあの子にはこの張り紙が見えなかったのだろう?私の頭がおかしくなって、変なものが見えるようになってしまったのか?でも、そうだったらまだいいのかもしれない。この張り紙は警告している。もしこの張り紙が、私の頭がおかしくなって見えているものなんかじゃなくて。誰かが、私に何か伝えたくてこの張り紙を貼っているんだとしたら。きっと何か、何かは分からないけど、恐ろしいことが起きる。そう思った。

[さんばに気を付けて下さい]

張り紙の数は日に日に増えていった。教室の後ろにある黒板や、私の使っている数学のノートの1枚がそれになっていたり、玄関の写真掛けに貼ってあったりもした。まるでじわじわと何かににじり寄られているようで、気味が悪かった。気を付けて下さいというのなら、さんばが何かぐらい教えてくれればいいのに。怖いし、何か異常なことが起きているのは間違いないから、学校を休んでしまおうかとも思ったが、変なところで楽観主義の私は、休まずに通い続けていた。今のところ実害はない。そして張り紙の他では私の頭がおかしくなってしまったと思うようなこともなかった。ただ、私にだけ見える張り紙が、いっぱい貼ってあるだけ。それに私は、怖い気持ちもあったけど少しだけワクワクした気持ちもあった。一体さんばとは何なのだろうか?学校を休んでしまっては、それがずっと分からないままな気がした。

[さんばに気を付けて下さい]

最後に見たその貼り紙は、横断歩道の白線の上にあった。私は、もはやどこに張り紙があっても驚かないようになった。おかしな状況に慣れてきてしまっていたのだ。そして私は、それを見つけた。自分の人生に対する漠然とした油断や、ある種の知的好奇心から生まれた浅はかな考え、そしてそれをもとに行ってきたこれまでの選択を強く後悔した。間違いない。あれがさんばだ。学校から家に帰る途中、最初に見つけたあの張り紙からそう遠くない場所で、それを見つけた。貼り紙に従い、家に閉じこもっていたら何か変わっていだろうか?いや、きっとそんなこともない。あれは警告文などではなかったのだろう。おそらく、もう詰んでしまっている私を嘲笑っていたのだ。

それは3人の老婆だった。全員、全く同じ姿形で、それぞれ腰をかがめ、前にいる老婆の足首を掴むようにして円形になり、くるくると同じ場所を回っている。表情は見えない。鼻を啜る音が聞こえる。泣いているのだろうか?目の前にいる彼女たちは、間違いなくこの世のものではない。私はその場で立ちすくむ。それから目を離すことができない。涙が溢れるのは、乾いた目を潤すためか、それとも得体のしれない恐怖からだろうか?きっともうここから動くことはできない。徐々に周りの音-車の音や、風が揺らす木の音が遠ざかっていく。老婆の足音、鼻音、それだけで埋め尽くされてしまう。視界が狭まっていく。老婆にしか目が入らない。私はこの世界に、今もまだ存在しているだろうか?していたとして、何になるのだろうか。

1/1
コメント(0)

※コメントは承認制のため反映まで時間がかかる場合があります。

怖い話の人気キーワード

奇々怪々に投稿された怖い話の中から、特定のキーワードにまつわる怖い話をご覧いただけます。

気になるキーワードを探してお気に入りの怖い話を見つけてみてください。