妻の浮気を疑ったきっかけは娘の何気ない一言だった。
「今日はおじさん来ないの?」
無邪気な娘の質問に、妻は一瞬押し黙り、そして鼻で笑う。
「おじさんはここにいるでしょ〜」
そう言って俺を指差す妻の表情は貼り付けたような笑顔だった。
「違うよ。パパのことじゃなくて――」
娘の口を塞ぐようにしてクッキーを詰め込んだ妻は「ほらー、食べてる時に喋らないのー」とティーカップに紅茶を注ぎ、娘に飲むよう促す。
俺は何が何だか分からないまま、紅茶を啜る娘と、作り笑顔で娘をじっと見ている妻を交互に見る。
「……おじさんって、誰のこと?」
なるべく変な空気にならないように気をつけながら、ストレートに疑問をぶつけるのだが、案の定、妻は「さー? 誰だろ」と適当に俺を往なす。
正直、この反応は予想通りで、恐らく心当たりがあったところでその名を口にはしないであろうことも分かってはいたけれど、確かめずにはいられなかったのだ。
俺は医者という仕事柄、家を留守にすることが多い。うちの病院は慢性的な人手不足でもあるから、当直明けでそのまま夕方まで勤務することだってザラにあるし、専業主婦である妻が、普段どうやって過ごしているのかなど確認しようもないのだ。
だからこそ、常に不安は付きまとう。
俺に内緒で男と会っているのではないだろうか。
まさかその不倫相手は俺の知ってる奴じゃないだろうな……。
そんな疑念を常に抱いてしまっているのは、単に俺が心配性だからってわけではなくて、結婚する前から妻は浮気性だったからだ。
俺と付き合いながらも、複数人の男と肉体関係を持っていたし、それを追求すると、いつもはぐらかしてばかりで、まともに取り合おうとも話し合おうともしなかった。
何度も別れようと思ったけれど、駆け出し医師である俺を献身的に支えてくれたのも事実で、ミスが続いて気落ちしていた俺を、連日励ましてくれた妻のお陰で今があると言っても過言ではない。
だからこそ、そんな彼女を信じたい気持ちが強いのだけれど、しかし妻の過去を考慮すれば、娘のセリフを看過することもできないのだ。
これ以上この話を続けても俺が望む答えは聞き出せないと思い、適当な世間話に切り替えた妻に乗っかり「おじさん」の存在は忘れることにした。
しかし、当然疑いが晴れたわけでもなければ、これで安心できるわけもなくて、俺は悶々とした日々を過ごす。
考えても詮無いことだとはいえ、考えずにはいられない。
仕事中も妻のことばかりが思考を支配し、ミスも続く。
数日後、俺はある解決策を思いついた。
探偵を雇ってはどうだろう。いわゆる浮気調査というやつだ。
しかし、調査は一日だけでも十万以上すると聞いたことがある。
うちは小遣い制だから、妻にバレないように十万以上も使うのは難しいだろう。収入自体はそれなりに高いが、しかし俺の小遣いは月に五万程度だから、更に倍以上をくれなんて交渉したら、どんな疑いをかけられるか分からない。
女に貢ぐつもりだろうとか言われてしまうのは避けたいし、そもそも疑っているのはこっちなのだから、目的遂行までは、こちらの狙いに気づかれないような立ち回りは必須だ。
あれこれ思案した結果、自宅に隠しカメラを仕掛けることに決めた。
カメラなら一台一万円くらいで買えるし、これを寝室とリビングに設置しよう。
密会場所が我が家とは限らないけれど、可能性としてはなくはないはずだ。























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