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呪い・祟り

蓮音さんによる呪い・祟りにまつわる怖い話の投稿です

少年と復讐
長編 2025/12/03 19:41 1,961view

「参ったなぁ」

 これは思わぬ誤算だ。地面に叩きつけられたような気分だった。せっかくここまで来たのに、骨折り損のくたびれ儲けとはまさにこのことだろう。しばらく呆然としてそれを眺めていたが、そのままじっとしていても弓の大きさは変わりやしない。もう諦めて帰ろう。そう思って俺が振り向いた時だった。

 屏風に立てかけられるようにして、十字の形をした弓?のようなものが置いてあるのが俺の目に留まった。これは恐らく、弩(いしゆみ)というやつだろう。最近ではボーガンとでも言っただろうか。俺はそれを手に取って、まじまじと見つめた。

「いける・・・」
 これなら簡単に持ち運びができて、隠れて使うのにも便利だ。口角が上がるのを抑えることが出来ない。これは復讐のためだ。父と母の仇を討つんだ。俺は心の中で、改めてそのことを認識すると弩をバッグに仕舞って蔵を後にした。鍵を閉めるとき、興奮で手が震えていたのを今でもよく憶えている。

          〇

 手始めに、俺は叔父の車のタイヤに矢を放った。練習のつもりで撃ったのだが、これが思いのほか命中した。音はほとんどしなかったように思う。矢の先に油で濡らした紙を巻いて、そこに火をつけて撃った。だが、弩の威力は相当なもので、飛んでいく最中に火は消えてしまった。だが、別にそんなことはどうでもよかった。なぜなら、これは俺の復讐のほんの序章に過ぎないのだから。

 自室に戻って、俺は何事もなかったかのように数学の教科書とノートを開いて、勉強を始めた。一時間ほど経った頃だろうか、外からなにやら騒ぐ声が聞こえる。多分、叔父がタイヤに突き刺さった矢に気付いたのだろう。俺は内心ざまあ見やがれと思いながら、何食わぬ顔をして勉強を続けた。ものの数分後、どたどたと階段を昇る音がして、勢いよくドアが開かれた。

「お前がやったんかアッ!」

 鬼のような形相をして祖母がまくし立てる。心なしか、その顔が殺されかけた父を思い出させた。

「お前、やっていいことと悪いことがわからんのか!」
「急になんだよ」

 俺は努めて冷静に答えた。

「久彦の車に矢を刺したのはお前だな?」
「何を言ってんのばあちゃん。もう少し落ち着けよ」
 俺の返答など一切聞こえていないようだった。祖母はその場で一喝すると、もういいと言って部屋を出て行った。

「なんなんだよ全く」
 そう言って俺が机に向き直ると同時に、聞きなじみのない女の声がした。

「ごめんなさいね、紀一郎君」
 俺はその声に驚いて、思わず仰け反る。

「つゆ子さん、いたんですか・・・」
 そこには叔父の妻であるつゆ子という女が立っていた。

「ええ、お義母様が尋常ならない様子で上にあがったものですから・・・」
 叔母は俯きながらそう答えた。

「あの、よそ者の私がこういうのもなんですけど、なんだか今回のこと変だと思いませんか」
 彼女は胸の前で右手を抑えて、何か言いたげそうにこちらを向いてそう言った。
 
 今回のこと・・・急に当主を継ぐと言い、自身のポリシーを180度転換した叔父。不祥事をもみ消していち早く事態を収めたい祖母。つゆ子さんはその間に挟まれて、どうしたらよいのかも分からず、困惑しているのだろう。そう言った意味では叔母も岩祭家の騒動に巻き込まれた犠牲者の一人と言える。だが、俺は長男の息子だ。この女の味方をすることはできない。

「さあどうでしょうか。別によかったんじゃないですか。あなたはこれで、晴れて岩祭家当主のお嫁さんだ。願ってもみなかったことでしょう」
 俺は机に目を移しながらそう答えた。自然と言葉に怒気がこもる。

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