矢の先端に取り付ける鏃(やじり)と呼ばれる部分が、灰の中に埋まってたんだよと、祖父は俺の目を見てそう話した。俺はその話にどんどん引き込まれていった。
「宇之助は前に見た火矢を思い出した。あれが今度は蔵を狙ったんだと、そう思ったらしい。だがな、当時は食物というのは今よりもずっとずぅっと貴重なものだった。特に宇之助の取り立てで村は飯に飢えていたからな。だから恨みがあったとしても、盗みこそすれ燃やすなんていうのはもってのほかだった」
祖父がピシャリと駒を置く。桂馬が俺の金と玉、どちらも狙える形勢だった。
「宇之助はますます気味悪く思ったことだろう。そんな中、今度はヤツの家が燃えた。またしても、鏃が中から見つかった。次は神社の本殿が狙われるのではないか。そう考えた宇之助は、神社を守るどころか、自分の身を案じて山に引きこもったそうだ」
俺は仕方なく玉を左に動かした。祖父はハッハッハと笑って俺の金を奪った。
「だがな、紀一郎。その後、宇之助はどうなったと思う?」
俺はしばしの間考えてみたが、ついぞ何も思いつかず、首を横に振った。すると祖父がニヤリと笑って言った。
「宇之助はな、矢に撃ち抜かれて死んだんだ」
衣服は燃え、体のあちこちがただれて倒れている宇之助を、給仕の女が見つけたそうだ。宇之助は誰にも隠れた場所を告げていなかったというのに、火矢に射抜かれたのだ。祖父は先ほど取った金を玉の前に置いた。
「王手だ、紀一郎」
金を取ろうとしたが、その上には歩がいる。いやまだ左に空きがある。そう思って駒を動かそうとしたが、右上の角がそこを睨めつけているのを見て、俺は玉を静かに元の位置へと戻した。そんな俺を見て、祖父は少し微笑んだ。
「いいか、紀一郎。この男はなァ、神職の座を奪うような真似をした時点で死ぬことが決まっていたんだ」
今思えば、祖父が桂馬をあそこに置いた時点でどうあがいても俺の負けは決まっていた。それなのに、俺は負けに気付かず、玉を逃がし続けていた。それはまるで宇之助の逃げ様にそっくりだった。
さっ、終わりだと祖父は立ち上がった。そして、駒を仕舞い、盤を片付ける俺に祖父は言った。
「紀一郎、お前も私利私欲のために動く人間には絶対になっちゃいかんぞ。でないと、」
火矢に呪われちまうからな
〇
11月8日 午前5時23分
翌日、俺は祖父が大切にしていた蔵へ向かうことにした。まだ空が少し明るくなったくらいで辺りは暗い。鍵は祖父の部屋の畳の下の窪みに隠されていた。小さい頃、祖父がこっそり教えてくれた秘密の場所だ。俺は鍵を拾い上げると、そっとポケットの中へそれを入れた。普段は耳が遠いくせに、何か隠し事があると祖母はそれをすぐに嗅ぎとって地獄耳に変容する。俺は細心の注意を払って、物音を立てないように外に出た。
あいつの車はまだ玄関先に停められたままだった。昨日はそのまま家に泊まっていったのだろう。一晩でもあの男と同じ屋根の下で寝たのかと思うと俺は吐き気がした。蔵は、家から少し山へ入って竹林を抜けたところにある。そのずっと先の方まで岩祭家の土地らしいのだが、正直、広すぎて俺もどこまでが私有地なのかわからない。
途中、木の上で休んでいた鳥や草むらの中にいたウサギが俺を見て蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。昨晩雪が降ったのか、ところどころ地面が白い。ツンと刺すような空気が俺の鼻を刺激した。そうこうするうちに、俺は蔵へとたどり着いた。なかなか立派な石造りの蔵で、祖父はなんとか石とかいう有名な石を使っているんだと話していた気がする。
「入るかなぁ」
ここ数年は蔵に来ていない。もしかして鍵が変えられてしまっているんじゃないかという不安を抱きながら、俺は分厚い南京錠に鍵を挿した。
ガチャリ
よかった。どうやらカギは変えられていなかったらしい。ということは、中身も恐らく持ち出されてはいないはずだ。ゲームやアニメでしか聞いたことがないような重たい音を立てて、扉が開く。屋根の近くに二つ、小さな穴が空いているのみで、外からの光はほとんど入ってこない。蔵の中は真っ暗で何も見えなかった。俺は手元の懐中電灯をつけると、ゆっくり蔵の中へと入っていった。わかってはいたが、蔵の中の埃でむせ返りそうになる。
「えーっと、たしか・・・」
土埃でどろどろに汚れた桐の箪笥や幾本もの刀、何が入っているかすらわからない木箱を横目に俺は奥へと進んでいく。すると、虎のあしらわれた大きな屏風の横にきらりと輝くものが目に入った。
「あった!」
俺が駆け寄った先にあったのは、深い赤色に染められた三日月のような形をした弓だった。ご丁寧にその横には矢が何本かおかれている。それを見つけた瞬間、俺はほくそ笑んだ。これで火矢の呪いが実現できる。思わず、声が漏れだす。あまりにも事が上手くいきすぎて、俺は笑いを抑えることが出来なかった。どっちが悪役なんだかわからないなと自嘲しながら、それを肩にかけてきたボストンバッグに入れようと手に取った時、俺は弓の大きさに愕然とした。弓ってこんなに大きいものなのか。

























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