「コラ紀一郎、挨拶くらいせんカァ!」
祖母の怒鳴り声が後ろから聞こえてきた。それを無視して二階に駆け上がり、自室のドアを思いっきり閉めた。荷物を投げ捨て、ベッドに横たわる。思わず舌打ちをしてしまう。あいつらは敵だ。祖母は叔父に飯倉神社を引き継ぐ手続きをすでに進めているのだろう。自分の息子が死にかけているというのに、世間体ばかり気にしている。それにあの弁護士の男も気に食わない。金にならないとわかった途端、叔父に寝返りやがって。そんなことを考えていると、さっき閉めたはずの扉がゆっくり開くのが目に入った。何かと思って起き上がると、そこには弟の宗二郎が立っている。
「にいちゃん、おとぉとおかぁは?」
そう問う弟を俺は強く抱きしめた。
「大丈夫だ。お父さんとお母さんはすぐに帰ってくる。俺が、必ず連れ戻してやる」
ほんとぉ?とニコニコと笑う弟に俺は強くうなずいた。
俺は取り返さないといけない。岩祭家を、飯倉神社を。
〇
その晩、俺は明かりもつけず、自室にこもっていた。外の月明かりがぼんやり部屋を照らす。最初は意気込んでいたものの、復讐の計画はなかなかうまく立てられない。たかが中学三年生の俺にそんなことを考える力があるはずもなかった。
「はーあ」
思わずそんなため息が漏れ出る。日本人は答えのない問題を解決するのが苦手だ。こないだテレビで見た自称評論家の言葉が頭の中で再生される。俺もその例にもれず、何もできない人間なのかもしれないと気持ちが沈む。
「じいちゃん、助けてくれよ・・・」
もう届かないとわかっていながらそんなことを呟く。こんな時、祖父ならどうしただろうか。祖父を思い浮かべながら、回転する椅子の上で部屋を見回した。その時だった。本棚の上から二段目、左端にある本が俺の目に留まった。俺は椅子から立ち上がって、本棚に駆け寄った。
『よくわかる! 弓道の基本動作 小目書房』
俺は大きく目を見開いて声をあげた。
「これだ!」
〇
昔、祖父が語ってくれた逸話の中に火矢(ひや)に関する話があった。それは俺がまだ小学生の頃、祖父と縁側で将棋を指している時に聞いたものだった。
「いいか紀一郎。我々岩祭家の中にも、昔はわるぅい奴がいたんだ」
「わるいやつ?」
「ああ、そうだ。己が欲のために、親族を殺し、その地位を奪おうとしたやつがな」
簡単に言ってしまえば、それは後継者争いの縺れというやつだろう。一族のある男が後継者を殺し、自身が神主となった。奇しくもそれは今の状況と酷似している。しかし、大切なのはここからだ。
「名は確か宇之助といったかな。神主となったソイツは、手に入れた権力を振りかざし、暴虐の限りを尽くした。それはそれはひどいものだったそうだ。だが、そんなある時、宇之助が金を取り立てるため、村中の家々を回った帰り道でのこと。突然、目の前の地面に、どこからともなく飛んできた矢が突き刺さった。それもただの矢ではない。火矢だ」
ここでいう火矢とは、火薬を詰め込んだ火箭(かせん)とは違って矢を直接、燃やした状態で飛ばす、少し原始的なものを指すらしい。
「宇之助は奇襲だと思い、あたりを見回すが身を隠しつつ矢を飛ばせるような場所など辺りには無い。おかしいと思いつつも、宇之助はそれを不気味に思って矢を置いて帰ってしまった」
ここからが火矢の恐ろしいところだと祖父は続けた。
「それからしばらくしてからのこと。食物を保存していた蔵が火事になった。無論、それは男の所有する蔵だった。宇之助がそこに駆け付けた折には時すでに遅く、鎮火もむなしく、食物は全て灰になった後だった。だが、ヤツは奇妙なことに気が付いた」






















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