ふっとその少女は一歩、後ずさりすると自身を月待ミコと名乗った。
「学校が終わったらここまで来て」
そう言って、俺の手に小さな紙きれを手渡す。ひどく冷たい手だった。その女生徒は「じゃあ」とだけ告げると、そそくさと自分の教室へと戻っていってしまった。途端、時計の針が動き出したかのように、喧騒があたりを埋め尽くす。恐る恐るその紙を開くと、町はずれにある古い神社の名前がそこには書かれた。
『比売野神社(ひめのじんじゃ)』
始業を知らせるチャイムが遠くの方で鳴った気がした。
〇
ホームルームが終わり、荷物をまとめて教室を出る。結局、今日は一日授業に集中することが出来なかった。そういう時に限って、数学の授業で指名されるのはもはや何かのジンクスだろう。俺は特に部活動もやっていなかったので、いつもならすぐ家に帰るところなのだが、今日は違う。右ポケットに入れていた先ほどの紙を取り出してもう一度、確認する。あの時の会話が脳裏をよぎった。
―――――きみ、このままだと死ぬよ
俺が一体何をしたというのか。彼女には死相というやつが見えるのだろうか。いや、そうではないはずだ。確か、あの子はもう一つ、よくわからないことを言っていた。俺がどうしてそこにいるのかみたいなことを・・・。思い返せば思い返すほど、訳がわからなかった。俺は紛れもなく姫野第一高校の生徒だし、それに制服も着ている。なにもおかしなところはなかった。では、なぜあんなことをいったんだろう。
考えていても仕方がない。とにかく神社へ行けば、あの子がいるはずだ。もしかしたら、最近身の回りで起きている怪現象と何か関係があるのかもしれない。俺は自転車のカゴに荷物を放り込むと、少しばかり急ぎ足で比売野神社へ向かうことにした。
〇
例の神社は、曲神山(くまがみやま)の麓に位置しており、高校からは自分の家を挟んで真反対の場所にある。そこそこ距離もあるので自転車通学でよかったな・・・なんて思ったのも束の間。完全に山を舐めていた。ゼエゼエと息を切らしながら、神社に辿り着くころには、全身が汗だくでびしょびしょになっていた。共感してもらえるかはさておき、自転車で坂道を登るとき、途中で降りてしまうのは何かに負けた気がする。それが自分を余計に苦しめることになるとわかっていながら、ここまで完走してしまった。
神社から一望できる街の景色には妙な達成感があった。悪くない眺めだ。一息ついてリュックサックから水を取り出して勢いよく飲んでいると、後ろから聞き覚えのある声がした。
「よかった、来てくれたのね」
振り返ると、そこには涼し気な顔をしたミコがいた。おう、と返事をすると同時にミコは「さ、行くよ」と俺を促す。ミコは一礼すると鳥居をくぐって神社に入っていった。それに続く形で俺も鳥居で一礼する。その途端、ものすごい勢いで風が境内の中を駆け抜けた。樹木が一斉にガサガサと騒めき始める。ここまで来る途中、風なんて吹いていなかったのに。























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