「よかったら明日ごはん食べにおいでよ」って愛美さんから電話がきて「ぜひぜひ!」ってはしゃぎながらOKした翌日、俺を待っていた愛美さんは真っ白な顔で動かなくなってて、近寄らないでも寝てるんじゃなくて死んでるなーって感じだった。
でも俺は触れてみる。だって演技だと思ったから。
「愛美さーん。遅くなってごめん。電車遅延してたんだー。何回ピンポン押しても返答ないから勝手に入っちゃったよー」ってちょっとふざけながら、死んだふりをしてるっぽい愛美さんの頬に触れるのだけれど、硬くて冷たい。
人形みたいって表現が適切なのかはわからないけど、でもカチカチだった。いやまあプラスチック程硬いわけじゃないけど、でも人間の肌に触れてる感じは全くなかったんだ。
愛美さんは体形としてはどちらかといえばスレンダーなんだけど、顔には丸みがあって、触ると柔らかそうだなーとかいつも思ってはいたものの、終ぞ触れさせてもらうことはできずに彼女は死んでしまった。
いつまでも遺体に触ってるわけにもいかず、俺はとりあえず警察を呼ぶ。当然の様に第一発見者として色んな事情を聴取される。
とはいえ、俺と愛美さんはただの同僚でしかなくて、大手国産車デイーラーの先輩と後輩ってだけの関係なのだから、愛美さんの交友関係とかだってほとんど知らないし、休日の過ごし方ですらよく分からない。たまに二人で飲みに行ったり、一度だけ愛美さんちでごちそうになったこともあるけど、色っぽい感じにはならずに終電で帰宅した。
だからこそってわけでもないけど、正直、今日こそは!って下心がなかったとは言わない。もしかしたら……に期待してなかったとも言わない。でもその期待は当然叶わぬまま、愛美さんは二七年っていう短い生涯を閉じてしまった。
俺はもちろん悲しいし、憧れ以上の感情を向けていた愛美さんの死に大きなショックを受けたけれど、それ以上に大きな疑問があった。
なぜあの日、愛美さんは死んだのか。
警察は、死因については鑑識の結果が出ないと分からないと俺に告げたけれど、鑑識結果ってどれくらいで出るものなんだろう。
俺を犯人だと疑ってるのはミエミエだし、多分色々隠しながら、俺に自白を促そうとしてるんだろうなって気概が思いっきり伝わってくる。
でももちろん俺は犯人じゃないし、決定的な証拠も犯行動機も見つからないからすぐに解放される。どっかに逃亡しないように監視の目はあるんだろうけど、俺は気にしない。
で、考える。
そもそも、愛美さんは自殺したんだろうか。
俺を招いておきながら?
俺にその死を見せるために?
ていうか、愛美さんが自殺をするとは俺には思えないのだ。明るい性格だからとか、悩みなんてなさそうだからとかってわけじゃなくて、愛美さんはよく自殺を否定するようなことを言っていたからだ。
「自殺って、それぞれに理由があって、事情があって、だから他人が気軽に批判できるものじゃないと思うの。でも私は絶対やだな。だってさ、自分の命って、色んな人が関わって続いてるものじゃん。お母さんが産んでくれて、お父さんが養ってくれて、友達が遊んでくれて、他にもたくさんの人が学びとか、お金とか、私に与えてくれたから私は今こうして生きてるんじゃん。だから私は勝手に死ぬわけにはいかないんだ。みんなの許しもなく、自ら人生を終わらそうとは絶対思わない」って話を、酔った時はいつも言ってた。
だから自殺はないと思う。
それに、わざわざ食事に誘った俺に自分の遺体を見せるような悪趣味な人でもないし、そうなると必然的に殺されたってことになる。
でもじゃあ犯人は?とか、どんな方法で?とかは当然分からない。素人探偵を気取って捜査の真似事でもしようものなら、「こいつ証拠を消すためになんかやってやがるな」って警察にマークされるだけだし、推理小説なんて読んだこともない俺には、どうやって犯人を見つければいいのかなんて想像もつかない。
愛美さんの通夜にも告別式にも俺は出て、愛美さんの両親に挨拶する。お母さんは「生前、愛美がお世話になりました」って言ってくれたけど、お父さんは俺を睨んだまま軽く会釈するだけだった。俺が第一発見者だってことは伝わってるんだろうし、多分、俺が犯人だと疑ってるんだろうな。
それから、特に何事もなく数日が過ぎて、愛美さんの訃報で沈んでいた職場の空気も少しだけ払拭されるんだけど、俺はまだ引き摺っていて、なんかモヤモヤしたままの日々を送る。
警察の捜査はどうなんだろう?
犯人に繋がる手掛かりは見つけられていないんだろうか。
そんな俺の心配というか懸念なんて関係なく、事態は急転する。というか、犯人が逮捕される。
その人は俺の――俺たちの上司である上岡さんって男だった。
全然知らなかったんだけど、どうやら愛美さんは上岡さんと付き合ってたらしい。
上岡さんの供述によると、二人は最近あまり上手くいってなかったみたいで、ちょっと疎遠な感じになってたんだとか。
で、愛美さんが俺とよく飲みに行ってるのを知って、あの日、愛美さんちで口論になって、上岡さんは彼女の首を絞めて殺害した。


























二人も殺したら普通に死刑、良くて無期懲役