これは私が先輩から聞いた話です。
私と先輩は学生時代からの釣り仲間で、社会人になってからも、夜の漁港で竿を並べて話すのが習慣になっていた。
その夜も、静かな堤防で釣果やルアーの話をしながら竿を出していた。
昼間は家族連れで賑わう場所だが、夜はほとんど人がいない。
波の音だけが響いていた。
「そういえばさ、昔ここで溺れてる人を助けたんだよ」
先輩が、ふと思い出したように言った。
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その夜、先輩が釣り場に着くと、テトラの向こうからバシャバシャと水をかく音が聞こえた。
近づいてライトを向けると、50代半ばくらいの男が必死にもがいていた。
「すみません! 引き上げてもらえませんか!」
声は震え、息も荒い。
先輩は慌ててテトラを降り、男に手を伸ばした。
その腕をつかんだとき、手首に赤黒い痣が見えた。
5本の指で、強く握られたような痕だった。
先輩が力を込め、どうにか男をテトラの上まで引き上げる。
そのとき、
カラッ。
少し離れたテトラの陰で、小石の転がる音がした。
先輩はそちらへライトを向けた。
光の先には、黒く濡れたテトラが重なっているだけだった。
男は咳き込みながら、先輩の照らした暗がりを見つめていた。
「救急車、呼びましょうか?」
先輩が尋ねると、男は首を横に振った。
「いや、大丈夫です。車が近くにあるので」
濡れた服のまま立ち上がると、何度も頭を下げた。
「本当に助かりました」
そう言って立ち去ったあとも、男は何度か後ろを振り返っていた。
先輩はその背中が見えなくなるまで見送った。
翌週。
先輩が同じ釣り場に行くと、背後から声をかけられた。
「すみません」
振り向くと、30代前半くらいの男が立っていた。
見覚えのない顔だった。
「先週の夜も、ここにいました?」
「いましたけど」
「ここで、誰かを助けませんでしたか?」
「ああ。溺れてた人なら」
そう答えた瞬間、男の顔から何かが抜け落ちた。
一瞬だけだった。
すぐに人のよさそうな笑顔を浮かべると、男は深々と頭を下げた。
「やっぱり、あなたでしたか。この間は助けていただいて、ありがとうございました!」
先輩は言葉を失った。
(あれ……こんなに若かったか……?)
助けた男とは、明らかに年齢も顔も違う。
だが、あの出来事を知っているのは、本人だけのはずだ。
先輩は戸惑いを胸に押し込み、話を合わせた。
「無事だったんですね」
「ええ、おかげさまで」
男はもう一度頭を下げると、ポケットから透明なケースを取り出した。
中には新品のルアーが入っていた。
「これ、お礼です。よかったら使ってください」
先輩は一度断ったが、男は引き下がらなかった。
断り続けるのも悪いと思い、受け取ることにした。
ケースから取り出してみると、そのルアーは見た目のわりに重かった。
「ずいぶん重いですね」
「よく沈むんですよ。釣れますよ、それ」
男は笑っていた。
先輩はルアーをケースに戻すと、ほかの釣り道具と一緒に車へ積んだ。
その日は結局使わなかった。






















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