今日は雨の日だ。雨というのは一番好きな天気だ。
私は宛先のない旅をしている。旅を始めきっかけは10年前のあの出来事だった。
当時小学生だった私は、祖母の家が「ダムの水かさが、増えて氾濫する可能性があるので、ダムの貯水量を増やす必要があり、取り壊される」という連絡を受けて、山の中にある祖母の家に訪れた。
仕事の都合で、明日から父と母が来ることになり私と兄は一足先にお泊まりすることになった。
祖父と祖母はそこで飲食店を営んでいて、その日は最後の営業日だった。
もちろん、祖母も祖父も大好きだし、祖母家で飼われている三毛猫「ミー」ちゃんは物心ついたときからの親友だ。そのため、そこまで悲しいとも思っていない。
それでもここがもう無くなるのかと思うと、なんともいえない気持ちになる。縁側でその湖をみるのがお気に入りだったので皮肉に思えたし、森を探検したり魚釣りもした大切な記憶のある場所だった。しかし、仕方がないことだとも思えた。なぜなら、もし湖が氾濫すれば山の下にある平野が水びたしになり、家も人もみんな流されてしまうからだ。
それでも、なんだか空しくて、祖母に「ねぇ、寂しくないの?」と聞いた。すると祖母は、「これもなにかの縁だからね。もう年だし丁度良かったんだよ。鈴香の家の近くに引っ越せることにもなったんだから。」と、にこやかに言い頭を撫でてくれた。
それから、湖を見に行くことにした。やっぱりお店を続けれないのが、寂しそうだったからだ。もしかしたら、大げさな話かも知れない、そんな期待もあった。けれど、本当に危険な状態だった。湖の水はとっくに氾濫していた。正確には、まだ湖の周りの低い場所を水びたしにしている状態だったけれど、そこが苔が生えた地面だったお陰である。もし、吸収出来なくなれば下の方に水が流れるだろう。
なんだか怖くなって家に帰ると、みんな仕事が忙しいみたいだった。本当は、祖母に遊んで欲しかったけれど我慢して、兄が居るだろう2階に行く。兄は案の定ゲームをしていて、全然遊んでくれないので諦めて、トランプタワーを作ることにした。
気づくと、夕方になっていた。兄が「腹へったー」といいながら、階段を降りていく。私はトランプタワーの完成間近だったので最後のトランプを上に乗せる。完成したのを祖母に褒めてもらおうと階段をおりると違和感に気づいた。兄が茫然と立ち尽くしていたのだ。「お兄ちゃん?」といいながら、兄の目線の先を見ると、湖の水が、縁側すれすれまで浸水していたのだ。
おばあちゃんに知らせないと!そう思い、台所に向かう。しかし、おばあちゃんに声をかけるのを躊躇してしまう。何故なら、祖母は膝まで水に浸かっているのに平然と調理をしていたからだ。祖父は、水の中を平然と歩いて、会計をしているのだ。
怖くなって、腰を抜かしていると「ニャー」という鳴き声が聞こえた。ミーちゃん?と思っていると、水の中から黒い影が見える。
水の中から現れたのは、ミーちゃんだった。水が大嫌いで、ましてや泳げないのにと思うと怖くて距離を取る。しかし、ミーちゃんはいつものように近付いてくる。やっぱりミーちゃんだよねと安心して撫でようと思ったとき、違和感に気づく。
ミーちゃんから滴る水が動いて見えたのだ。よく見ると、水滴の中で小さなピンクのミミズのような生き物がうごめいていた。
怖くて、階段をかけ上る。しかし、ミーちゃんはついてくる。先程までトランプをしていた部屋につくと、慌ててドアを閉める。
「ニャー」と言って、ドアを引っ掻く音がする。ガリガリガリガリガリガリ…。黒板を引っ掻く音のような音で、気分が悪くなる
私は、耳をふさいでも聞こえる音をかき消すように「あー」と叫んでいた。
どのくらいたったのか、いつの間にか音がやんだので、ドアの外に出る。外にはミーちゃんが倒れていた。正確にはミーちゃんではなかったけれど。
その生物は、ミーちゃんに擬態していたのだ。群れからこぼれ落ちるそいつは、たちまち黒からピンクに変化していく。そいつはうねうねとこちらに向かって来る。しかし、急に動かなくなる。
どのミミズも、途中で力尽きるようだ。呆気にとられていると、いつの間にかミーちゃんの目も耳も毛皮もピンクの生き物に変わっていった。なんだか悲しくなる。ミミズに、ミーちゃんは食べられてミーちゃんに成り代わられていたんだと気づいたのだから。
パタリパタリと倒れるミミズはどれも動かなくなっていく。そんな中でも、水滴に残ったやつは唯一動いていた。
もしかしたら、水の中でないと生きられないのかも知れない。ということはもう水の中に入る祖母も祖父も…。これ以上考えたくなくて兄を思いだす。そうだ、兄はこの事を知らないし、まだ水に浸かってない。慌てて階段をかけ降りる。が、もう階段の3段目辺りまで水が来ていた。
水の中には奴らがいて、私の影に集まってくる。まるで、餌に群がる鯉のようだ。その向こうには、料理を提供する祖母だったものと、お客さんだったものがいる。いつもの祖母だし、普通の客だ。しかし、沈んだテーブルに祖母はオムライスを置き、顔しか水面に出ていない客は、平然と水の中のオムライスをスプーンで掬い、口に運ぶ。異様な光景に口が開く。
兄の姿が見当たらない。そのことを思いだし、「お兄ちゃん」と叫ぶ。すると、目の前の水が盛り上がって、水の中から兄が出てくる。ピンクの集団は、髪になり肌になり顔になり服になり足になった。「どうした」と、適当な返事をする兄はいつもの声だ。
兄が近付いてくる。階段を上る。ドアを閉める。兄はドアノブをガチャガチャ動かす。「一緒にゲームしようよ」とか、「ご飯だって」とか、好き勝手に兄を演じるそいつは階段をしばらくすると降りていった。「バッチャバッチャ」という音が最後に聴こえ、静寂に包まれた。
ドアを開けることができなかった。きっともう私だけだろうから。水はまだ水かさを増やしている。きっと私も私で無くなるのかもしれない。
これが夢だったらどんなに幸せだろうか。そう思うと、もういっそ何も考えなくて、目を瞑った。

























怖くてびっくり‼️
え、終わり
結末や後日談はないの?