出張のため、地方都市の安いビジネスホテルに一泊した。
地方駅のすぐ近く。古くはないが、どこか無機質なつくりの部屋だった。
チェックインの時点では、特に何も感じなかった。
ただ、部屋の中に鏡がふたつあることに気づいたのは、荷物を置いて一息ついた後だった。
ひとつは、テレビ台の横に立てかけられた全身鏡。
もうひとつは、ベッドの頭上に埋め込まれたような四角い鏡。
配置として、二枚の鏡は互いに正対していた。
――合わせ鏡。
気になったものの、疲れていたのでそのままシャワーを浴び、コンビニで買ったおにぎりを食べて、早々にベッドに潜り込んだ。
その夜は、なぜか眠りが浅かった。
2時過ぎ、目が覚めて喉が渇き、枕元のペットボトルに手を伸ばした。
そのとき、不意に視線がベッド上の鏡に向いた。
そこには、自分の寝顔が映っていた。
……はずだった。
何か違和感があった。
鏡の中の“自分”が、目を開けていた。
息が止まった。
反射的に目を閉じ、動けなくなった。
だが次の瞬間、金属が軽くきしむような音がして、部屋の空気が変わった。
湿った、ぬるいものが部屋に入り込んできた気がした。
それきり、朝まで眠れなかった。
翌朝。
チェックアウト前に、スマホで鏡の向かい合う様子を動画で撮った。
再生してみると、奥に奥に続く自分の姿の列が延々と映っていた。
その中に、ひとつだけ、**動きが異なる“自分”**がいた。
目線が合った。
その“私”だけが、微かに笑っていた。
ぞっとしてスマホを落としかけ、再び画面を見たときには、そこには何も映っていなかった。
慌てて荷物をまとめ、フロントへ向かう。
チェックアウト時、ふとホテルの壁に掲示された案内板が目に入った。
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