ある怪談師の影響を受けていろんな人から怪談を収集してはネット上で語っていたBさんという人がいます。今は怪談を集めることも語ることもせず、車の整備工場で働く日々を過ごしてます。あれは夏の終わりが近づいた頃でした。
Bさんはネット上で怪談が好きな仲間を呼んで生配信で怪談を語り合う会を開こうと考えていました。その生配信を行う場所をどこかしら場所を借りて行いたいと考えており、ネット上で怪談仲間やその家族、親戚の中で空き家を持っている人はいないかとメッセージを送りました。すると、ある怪談仲間のMさんの父の親戚が空き家を1つ持っていると聞いてBさんは使っても良いかどうか確認のメッセージを送りました。
数日後使っても良いと返事が返ってきましたが、1つ条件が課せられました。それは−庭にある池には近づいては行けない−とのことでした。Mさんにその理由を問うとMさんの父が、近頃その空き家で人が池の中に落ちて亡くなったと言っていたからだそうです。数日後Bさんはまた別の怪談仲間のEさんと一緒にそこに下見に行きました。そこにはMさんの父の親戚も一緒でした。BさんEさんは親戚に空き家の案内をしてもらっていました。
空き家と言ってもかつては親戚の人も暮らしていたようで中は汚いわけでもなくむしろ清潔な感じにも見えたようです。一時的にその空き家に暮らしていたものの、ある理由でもとの家に戻ってしまったようです。BさんもEさんもその理由とやらに好奇心を覚えていました。
案内の中でついに近づいては行けない池を目の当たりにしました。親戚の人も『あそこは絶対に近づいたあかんぞ』と釘を刺してきました。Eさんは隣からなぜ近づいては駄目なのか理由を尋ねました。親戚の人は少し黙った後『話せることだけ、部屋回った後に話す。』と言って一通り部屋を全部見せました。
その家は和風な作りで各部屋を襖で仕切ったような部屋で結構広めでした。中央の部屋に行き置かれたテーブルの目の前でBさんとEさん2人して座っていると親戚の人は突然2人の目の前の襖を開け放ちました。するとそこには1部屋おいて庭の池が見えました。改めて見て不気味さを感じている中、Eさんは池から目をそらしてテーブルに置かれたお茶をずっと見てました。意図的に見ないようにしているようにも見て取れました。よく見ると少し震えています。
親戚の人は怯えたような声でこう語りだしました。『この話を聞いて、君らになんか起こってもワイは何もしてやれへんからな。あそこの池で、大学時代の後輩が足を滑らせて落ちたんや。』BさんとEさんはやはりと言うべきか、顔を引き攣らせました。『初めにここに来た時、ワイはどうにもあの池が変に不気味に思えて近づかんかった。なんか見た目的にも不気味やし、池の底になんか潜んでいそうで怖かったんよ。』その言葉を聞いてBさんは目の前に見える池がまるで人の世にあってはならない物のように感じて不気味に思い始めたらしいです。
親戚曰く、かつて大学時代の後輩が遊びに来た時、帰り際お土産を渡そうとした時に池を背にしてお土産を選んでいると後輩の『うわっ!』という声が聞こえ振り返るとその池に後輩が落ちていくのが見えたらしく。池の前に行くと後輩はとっくに沈んでしまったらしい。おそらく池に何か住んでいるか見たかったのだろうか。『後輩が落ちる時、ワイ見てもうたんや。後輩のすね辺りをがっしりとつかむ青白い手を。あれはもう人間の手ちゃうわ。』その出来事が起きてから親戚の人は元住んでいた家にすぐ戻ったそうです。親戚の人を見ると当時を思い出してしまったのか、恐怖の感情が顔にでていました。
『その人、死んだ当日ワイシャツでここに来ました?』横から恐る恐ると言った感じでEさんが言いました。続けて『その後輩さんの死体、まだ浮かんで来てないでしょ?』親戚の人が驚いた顔でEさんを見つめていました。口を開けて何か言おうとしていますが、何かが詰まっているかのように一言もでてきませんでした。
Bさんが『なんでそんなことわかるんだ』と問いただそうとした時、『僕見ちゃったんですよ。部屋を回ってる時たまたまある部屋の中から池を見たときに、ワイシャツを着た男が水中から白い顔でこちらをのぞいていたんです。そしたらね、ゆっくり手を水面に出して手招きしてきたんです。死体、浮かんできてないんでしょ?長い時間水にさらされてますね。水を吸ってあちこちぶくぶくに膨れてるんですよ。ところどころそれが破裂してその皮が水と一緒にひらひらと揺れ動いてるんです。そこから赤い肉がのぞいてました。』あまりの恐怖でBさんは、同じく恐怖に苛まれた親戚の人と顔を見合わせて2人して顔を下に向けました。まるで2人で今ある現実を否定でもするかのように、でもそうは行きませんでした。『後輩さん、前の人につかまれたんです。前の人に引っ張られて。出れない。また…引っ張る…誰か…』Eさんの言葉が途切れ途切れになったと思ったその時、
ポタ ポタ ポトン
音がするEさんの方を見ると、そこにはもうEさんはいませんでした。濡れたワイシャツを肌にまとわせた、水で皮膚があちこち膨らんだ男が俯いていました。水を吸いすぎたがゆえに垂れ下がった皮膚が、男がぶるっと体を震わせるのと同時にポトンと音を立ててテーブルに落ちていきます。ぶる ぶる と不定期に体を震わせると同時に皮膚がところどころ落ちていきます。皮膚が落ちた部分は肉がのぞいており、そこからどろりと出た血が男のワイシャツに赤いまだら模様を浮かび上がらせていました。恐怖のあまり反射的にその男から目を離してつむったBさん、ですが突然冷たいものに足を押さえられる感覚に襲われ驚いて目を開けると、そこにはありえない角度で手と上半身をねじらせた男がところどころ皮膚が落ちた白い手で、すね辺りをがっしりと掴み、水を吸って白く濁った眼球を向ける膨れに膨れた青白い男の顔が目の前にありました。
次にBさんが目を開けると目の前には住職さんがいました。隣には親戚の人もいてBさんと顔を見合わせて驚いていました。なぜここにいるのかを近くにいた住職さんに問うと『突然ある男が近くの空き家にいる2人を助けてほしいと訪ねてきたんです。私はその空き家に着いた途端おぞましいものを感じすぐにお祓いを行いました。』と教えてくれました。どうやらEさんが突然倒れたBさんと親戚の人がお祓いを要すると察して、たまたま近くにあったお寺の住職さんを呼んでくれたみたいです。
『私のお祓いの途中、Eさんが池のモノに取り憑かれていたため激しく抵抗していました。』とも言っていました。一時的に理性を取り戻したEが住職さんを呼びに言ってくれたから助かりました。どうやらEさんがあれほどの凄まじいモノを取り込んででも理性を保てたのは奇跡だったようで、本当に救われました。ついでに住職さんに池そのものも清めてもらいました。
住職さん曰くあの池の底があの世とつながっているため死体が上に浮かんでくることなく、そのまま沈んであの世に行けるようになっているようでした。大学時代の後輩以外にも過去に多くの人が引き込まれているようで、引き込まれた人が今度別の人を引き込んで池の門番をやっていたようです。
そんな恐ろしい経験をしてしまったBさんは怪談生配信のことなどすっかり忘れ去ってしまいました。怪談に関わることすら億劫になってしまい、オカルト活動からはすっかり身を引きました。その家はM県にまだ残っているみたいですが、やはり今もなおいい噂を聞かないようですね。
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